声如雷(声かみなりのごとし)(「述異記」)
といっても、うるさいお父さんの精神的DVのことではないんです。パワハラでもないんです。

天狗(てんこう)はこんな感じ?これならへきれきの音とかしそうですね。空は飛ばないが。
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清の康煕壬子、というと、十一年(1672)の、四月二十二日、という日まで明らかで、銭塘西北郷という場所まで特定されていることなのですが、
有孫姓者、黎明、家方有蚕、門尚未啓。
孫姓の者、黎明、家まさに蚕有るも、門なおいまだ啓かざる有り。
孫という姓の農家があったが、その日の夜明けごろ、この家ではちょうど蚕を飼っていて(エサの桑を採りに行かなければならないのだが)、まだ門が閉ざされたままで、人が出てきていない状態であった。
隣人蚤起採桑、過其居、見孫屋脊上有一物、似狗而人立。
隣人蚤起して桑を採らんとしてその居を過ぐるに、孫の屋脊上に一物有り、狗のごとくして人立せり。
隣家の人たちは早起きして桑摘みに出て、孫の家の前を通り過ぎたのだが、ふと見上げると、孫の家の屋根の上になにやら生き物がいる―――イヌに似ているのだが、人間のように二本足で直立しているのだ。
頭鋭喙長、上半身赤色、腰以下青如靛。尾如簪、長数尺。
頭鋭く喙長く、上半身赤色にして腰以下青きこと靛(てん)の如し。尾は簪の如く、長さ数尺有り。
頭はとんがり、口が長く突き出て、上半身は赤色だが、腰以下は藍のように青いのだ。しっぽはカンザシのように先の方に複数の突起のある棒状になっており、長さは一メートルぐらいもある。
しっぽが印象的です。
驚呼孫告之。
驚きて孫を呼びてこれに告ぐ。
びっくりして、孫家の門をたたいて大声で呼びかけた。
こんなのが屋根の上にいるようでは、孫家はふつう全滅している、と思われますが、
「朝早くからどうしただ?」
と、
甫開門。
甫(はじめ)て開門す。
やっと起き出してきて、門を開いた。
「あれを見ろ!」
と屋根の上を指さすと、
其物騰上雲際、忽声発如霹靂、委蛇屈曲、向西南去。
その物、雲際に騰上し、忽ち声発して霹靂(へきれき)の如く、委蛇(いだ)と屈曲して、西南に向かいて去る。
そのモノは雲のあたりまで飛び上がり、突然カミナリのような音を出すと、ぐにゃぐにゃと曲がりながら西南方向に向かって去っていった。
尾上火光迸裂、如彗之掃天、移時乃息。
尾上に火光迸裂し、彗の天を掃うが如く、移時にしてすなわち息(や)む。
しっぽからは炎のような光がほとばしり出、彗星が空を掃いていくようであったが、しばらくして見えず、音も聞こえなくなった。
しっぽと見えたのは何かの発射装置なんでしょうか。
さて、これらの信じがたい光景は、近所の農家だけのマボロシではなく、
数十里内皆聞其声、亦有仰見其光者。所謂天狗堕地声如雷也。
数十里内みなその声を聞き、またその光を仰ぎ見る者有り。いわゆる「天狗(てんこう)地に堕つれば声雷の如」きなり。
20~30キロぐらいの範囲(一チャイナ里≒500メートルで概算)のひとびとはみなその音を聴いたし、またその時外出していた者はその光を仰ぎ見たのだ。(実際にあったことなのだ。)
これこそ「天のイヌが地に落ちると、その出す音はカミナリのようだ」ということであった。
その後の様子では、どうもこの天のイヌ(天狗)は孫家とは何のかかわりもなかったようだが、
甲寅有逆藩之乱。
甲寅、逆藩の乱有り。
翌々きのえとらの年、すなわち1674年、呉三桂らのいわゆる「三藩の乱」が起こっている。
その前兆だったのではないかと考えられるのである。
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清・東軒主人「述異記」巻中より。ふつうに考えてポケ〇ンだとわかりそうなものですが、わかっていても証明ができないので断言していないのは、科学的といえよう。
今日はお彼岸ですが、村上がサヨナラだとか、総理がウクライナ行ったとか、盆と正月がいっぺんに来たような、パンとサーカスがもらえたような、天狗の地に落ちたような大騒ぎの日でした。これらが何の前兆、あるいは科学的表現ではどんな効果をもたらすのか、しばらく時間が経たないとわかりませんが、何かが起こることでしょう。知らんけど。