我固無頼(我もとより無頼)(「籜廊琑記」)
ちょっと寒くなりました。明日は昼間も寒いらしい。出かける時は、あたたかい恰好をしてください。

プール行くなら温水プールにしよう。オリンピックのころに画いたので「シンクロ」と書いてますが、いまは「シンクロ」とは言わないそうです。「アコースティックなんとか?」だと識者から指摘がありました。高校野球批判もしてますね。我が意を得たり。
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清の時代のこと、孝廉の金某という男、科挙の最終試験の受験資格はあるのだが、ひどく貧乏であった。
告貸数金、徒歩入都、将応礼部試。
数金を告貸して、徒歩にて入都し、礼部試に応ぜんとす。
相談して数万円の路銀を借り、(馬が無いので)歩いて都に向かって、礼部の催す試験を受けようとした。
行到直隷道、金已尽。
行きて直隷道に到るに、金已に尽く。
「直隷」は北京に直接に隷する地域、ということで、畿内とか首都圏に当たります。
首都圏まで来たところで、とうとう路銀が尽きてしまった。
上着一枚のほかは、ももひき一枚を身に着けているだけ。
不得已、脱褲売之。
やむを得ず、褲を脱ぎてこれを売る。
「褲」(こ)は「袴」(こ)と同じですが、我が国でいう「はかま」ではなく、「ももひき」に該たります。
しようがないので、ももひきを脱いでこれを売った。
銭百余文を得た、というので、1500円ぐらいでしょうか。しかし、コートの下にふんどしだけ、という変態的状態になりました。
「すうすうするなあ・・・、待てよ・・・なるほど。これで何とかなりそうだぞ」
どうなんとかなるのでしょうか。
日垂暮、雇驢一頭、揚鞭得得。
日暮れなんとして、驢一頭を雇い、鞭を揚げること得得たり。
日暮れ近くなってから、ロバ(と手綱を引くじいさん)を雇って、得意げに鞭を振り回した。
宿屋に着くと、ロバ曳きのおじいさんに、
「今日は夕方からだけだったからこれぐらいでいいだろう」
と数銭(100円ぐらい?)を手渡し、
勿策帰、此驢頗勝他騎、明日我復乗。
策帰するなかれ、この驢すこぶる他騎に勝り、明日我また乗らんとす。
「ただし、杖を引いて帰ってしまわずに、そのままこの宿の下男部屋にでも泊ってくれ。このロバはえらく他のよりいいロバじゃ。明日もまたわしが乗りたいのでなあ」
それから主人を呼ぶと、
我雖隻身、然腰携槖金。主人当処我以静室、勿為穿偸所苦。
我隻身といえども然るに腰に槖金を携う。主人まさに我を静室を以て処らしむべく、穿偸の苦しむるところと為すなかれ。
穿偸(せんゆ)は穴を空けて忍び込むこそどろのことです。
「わしは一人旅だが、実は腰に相当のカネを持っておる。御主人、わしを静かな部屋に独りで泊めてくだされ。盗人に困らされないようにしていただきたいのじゃ」
主人は言った、
我百余年老旅店也、烏有是。儻有糸毫遺失者、我与賠償。客且安枕臥。
我百余年の老旅店なり、いずくんぞこれ有らん。もし糸毫も遺失すること有れば、われ賠償を与えん。客、まさに枕に安んじて臥せ。
「うちはこれでも百何年も旅館をやっております。そんな不届きなことになったことはございません。もしほんの少し、糸や細毛ほどでも無くなることがありましたら、わたくしが賠償いたします。お客様、どうぞ安心してお寝みください」
それを聴くと、金は本当に安心したようで、にこりとほほ笑み、
「その言葉を聴いて、安心しましたわい」
と言って、
沽酒市肉、飲食酔飽。
酒を沽(か)い肉を市(か)い、飲食して酔飽す。
お酒と肉を注文して、腹いっぱいで酔っ払うまで飲み食いした。
これで、ももひきを売ったおカネをすべて使い果たした勘定である。
寝る前にもう一度、
復申前語、丁寧主人。
また前語を申して、主人に丁寧す。
またさっきと同じことを言って、主人によくよく頼んだ。
主人不耐煩、申前語応之。
主人、煩に耐えず、前語を申してこれに応ず。
主人はめんどうがりながら、さっきと同じことを言って答えた。
―――翌朝。
金某大呼主人曰、余被竊、余昨夕如何丁寧、主人唾不顧、腰繋二十余金、帰烏有。
金某、主人を大呼して曰く、「余竊まれたり、余昨夕如何ぞ丁寧なる、主人唾して顧みず、腰に繋くるの二十余金、烏有に帰せり」と。
金某は、主人に大声で呼びかけて言った、
「わしは窃盗の被害に遭ったぞ。わしは夕べ、あんなによくよく頼んだのに、ご主人は唾を吐いて見向きもせなんだが、腰に提げていた二十数万円、まるまる無くなってしまったんじゃ」
主人至、与弁無賊、観者紛若。
主人至り、ともに弁ずるに賊無しとし、観者紛若たり。
主人がやってきて、「昨夜は盗人など入っていません」と反論し、見物人がたくさん集まってきた。
金某は大声で言った、
今褲且被竊去。無褲与金、不可行。
今、褲もまた竊み去らる。褲と金無くして行くべからず。
「今朝起きたらももひきも一緒に盗まれておるんじゃ。ももひきも金も無しにどうやって旅して行けばええんじゃ」
ももひきと同時に腰に提げていた金を盗まれた、というのである。
我孝廉也、赴試、天寒如是、豈有不着褲能行数千里路者。
我、孝廉なり、試に赴くに、天寒かくの如くして、あに褲を着せずしてよく数千里の路を行く者有らんや。
「わしは孝廉の資格を持っており、都に試験を受けに行く途中だったんじゃ。春先で天候はこんなに寒いのに、ももひきも履かずに何百キロも旅してきた者がおると思うのか!」
といって、上着をかきあげると、
衆験其無褲。
衆、その褲無きを験せり。
確かに、ももひきを履いてないのを観衆はみんな見た。
観衆は、「こんな季節にももひきを履いてないやつはいないからな。この人れは少なくともももひきは盗まれたんだ。ということは・・・」
信果被賊、群謗主人。
果たして賊せらるを信じ、主人を群謗す。
結論として盗賊に遭ったのは事実だと信用して、みんなで主人の方を攻撃した。
「むむむ・・・」
主人語塞、償金与褲。
主人語塞がり、金と褲を償えり。
主人は何も反論できなくなり、二十万円のおカネとももひきを賠償したのである。
―――さてさて。
翌年の春、旅館に、地方の試験の監督に向かうと言う翰林院編集官さまとその一行が宿泊した。
主人が翰林院編集官の部屋に
「うちのような店をお選びいただき感謝に耐えませぬ・・・」
とご挨拶に伺ったところ、編集官の方が突然座を降りて平伏し、
我当時若不誆爾金、行餓且死、何以有今日。
我、当時、もし爾の金を誆(だま)さざれば、行きて餓えかつ死し、何を以て今日有らんや。
「わたしが、あのとき、もしあなたからおカネを騙し取らなければ、旅行中に餓え、死んでしまっていたことでございましょう。どうして今日のように再びお会いすることができましたでしょうか」
と言いながら、
酬以白銀二百両。
酬うるに白銀二百両を以てす。
銀貨二百万円分を返金として差し出した。
十倍ぐらいになりました。
編集官は言った、
我固無頼。主人実成徳、此金所以報也。
我もとより無頼なり。主人実に徳を成す、この金、以て報う所なり。
「わたしは生まれつきのならず者でございます。御主人はほんとうに御立派なことをしてくださいました。このおカネは、その報酬だと思ってお受け取りください」
主人受金而退。
主人、金を受けて退く。
主人は、カネを受け取って退出するしかなかった。
金某は後に大司空(法務長官)になった方である。実話です。
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清・王守毅「籜廊琑記」巻六より。「無頼」、かっこいいですね。みなさんももう少し暖かくなってきたら、コートにパンツで電車に乗ってみてください。新しい世界が開けるカモ知れません。