如大胡蝶(大いなる胡蝶の如し)(「猗覚寮雑記」)
これはかなりコワい話ではありませんか。

ヨナグニサンは実際に見た人の話だと、「まぼろしを見たか」と思ってしまうぐらい大きいそうです。とはいえオーラルヒストリーで聞いただけだから思い違いもあるかも。
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宋の時代のことですが、
嶺外人家、嬰児衣暮則急収、不可露夜。
嶺外の人家、嬰児の衣は暮るれば則ち急収し、露夜すべからず。
「嶺外」は南嶺山脈の(中原の人から見て)「向こう側」、すなわち廣東・廣西の南チャイナを言います。
南嶺山脈の向こう側の(辺境地帯の)家では、夕方になると、干してあった幼児の服を急いでしまい込む。夜間に表に出さないようにするのである。
「なんでそんなことするんですか?」
と問うと、土人(地元民)が言うに、
有蟲名暗夜。
蟲の、暗夜と名づくる有り。
「「暗夜」(やみよさま)と呼ばれる「妖怪」がおるんじゃよ」
というのであった。「蟲」は「虫」なんですが、チャイナで「虫」といえば、昆虫や節足動物のほか、両生類、爬虫類もそうだし、正体の分からない謎のドウブツも含みます。なので、ここでは「妖怪」と訳しておきます。
この妖怪「暗夜」(やみよさま)は、
見小児衣、必飛毛著其上、児必病寒熱。久則痩不可療。
小児の衣を見るに、必ず飛毛をその上に著し、児必ず寒熱を病む。久しければ瘠せて、療すべからず。
「子どもの服を見つけると、必ず毛をそこに引っ付けていく。子どもはそのせいで、必ずぶるぶる震えながら発熱する病気(はしか?)に罹ってしまうんじゃ。この病気、しばらくすると体が衰弱して、治せなくなってしまうんじゃよ」
「へー。みなさんは、「暗夜(やみよさま)」をご覧になったことがありますか。どんなものなんですか」
とさらに突っ込んで訊くと、みんな顔を見合わせていたが、やがて一人の老人が、
其形如大胡蝶。
その形、大いなる胡蝶の如し。
「あれは、巨大な蝶のすがたをしているのじゃよ!」
と言うと、みな頷いていた。
ところで、ずっと北、華中の江西・予章の逕陽県には「多女鳥」という妖怪がいる、と「玄中記」に書いてある。「玄中記」は、3世紀の晋・郭璞撰と伝えられる怪奇伝説集で、今は散佚していますが、宋代にはまだ読めたようです。なお、「元中記」とも言われますが、これは清代に康熙帝の諱を犯さないように書名が改められたためです。
新陽男子於水際得之、与共居、生二女、悉衣羽而去。
新陽の男子、水際にこれを得て共に居り、二女を生ずるも、衣を悉く羽にして去れり。
付近の新陽県の若者が、ある日、池のほとりでこの「鳥」を捕らえて一緒に暮らした。二人の娘が生まれたが、やがて着ているものを羽根にして、飛び去って行ってしまった。
というのである。
うーん。どこかで聞いたような話にも感じますが、ちょっと違うかなあ。とりあえず忖度抜きで考えると、「鳥」と暮らすと子どもができる・・・のだろうか。もちろん、鳥をその、なんていうんですか、そういうことの対象にする性癖の人がいるのはわかるんですが、ふつうは子どもできないですよね。鳥の羽根の服を着た少数民族、というふうに合理化しておきますかね。
今(宋代)、予章の地元民に話を聴くと、
是鳥落塵于児衣中、今児病。亦謂之夜飛遊女。
この鳥、児衣中に落塵するに、今も児病む。またこれを「夜飛遊女」と謂えり。
「この鳥が子どもの服の中にきたないものを落としていくと、子どもが病気になりますだ」という。また、この鳥のことを「夜飛びふらふら女」ともいうのだそうだ。
なんだそうです。
由此観之、乃暗夜也。
これに由りてこれを観るに、すなわち「暗夜」ならん。
この情報をもとに考えて見るに、この「多女鳥(夜飛びふらふら女)」は、南チャイナの「暗夜(やみよさま)」と同じドウブツであろう。
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宋・朱翌「猗覚寮雑記」より。「鳥」なのか「女」なのかはっきりしてもらいたいものです。まったく怪しからんことじゃ。「女」が絡むからだな。これだから「女」は・・・(以下、わたくしどもの方で筆者の意図を確認の上、厳しく罰しておきますのでご寛恕くだされ)。
でも、これはもしかしたら鳥インフルエンザ流行の予言かも知れません。恐ろしい。