3月14日 明日も平日なのにこんな時間に

代庖是不対(庖に代わるはこれ対せず)(「毛沢東選集」)

年齢的にも、はやく労働者階級から解放されてルンプロに戻らなければ・・・。

おれはどんな時代でも最左翼。

・・・・・・・・・・・・・・・

1926年に湖南で決起した農民大衆の中には、党の指導によって村で祀る菩薩像を破壊した者がいたそうである。このため、一部の穏健な老百姓たちの中に、党の行き過ぎを批判する声があった。

これではいけない。

菩薩是農民立起来的、到了一定時期農民会用他們自己的隻手丟開這些菩薩。

「丟」(ちゅう)は「とり去る、とりのける」みたいな意味です。

無須旁人過早地代庖丟菩薩。

「庖に代わる」という言い方は、「越俎代庖」という熟語の一部で、「料理を提供される側の人間が、料理皿(俎=まないた)を乗り越えて、古代の名料理人であった庖丁(ほうてい)に代わって料理をする」、要するに権限や専門性の無い人間が仕事をすること、だそうです。おもしろい言い方ですね。

共産党対於這些東西的宣伝政策応当是、引而不発、躍如也。

おそろしい〇産党の宣伝工作が書かれています。

どうあるべきなのか。

「引きて発せず、躍如」たるようにあるべきだ。

なんじゃ、それ。

「孟子」尽心上篇に曰く、

公孫丑が訊いた、「先生、教育の仕方はどうあるべきなんですか」

孟子曰、大匠不為拙工改廃縄墨、羿不為拙射変其彀率。

彼らは、相手のレベルに合わせて教えるレベルを変えることはない。つまり、

君子引而不発、躍如也。中道而立、能者従之。

「朱子集注」に沿って読んでいますよ。

と。

朱晦庵によれば、

此章言道有定体、教有成法、卑不可抗、高不可貶、語不能顕、黙不能蔵。

なるほど勉強になりました。よしこれで終わり・・・とは行きません。孟子は終わりですが元の文には続きがあります。

菩薩要農民自己去丟、烈女祠、節孝坊要農民自己去摧毀、別人代庖是不対的。

我在郷裏也曾向農民宣伝破除迷信。我的説是。(中略)

只要関聖帝君、観音大士、能足打倒土豪劣紳麼。那些帝君、大士們也可憐、敬了幾百年、一個土豪劣紳不曾替你們打倒。

(くすくす笑い起こる。)

現在你們想減租。我請問你們有什麼法子。信神呀、還是信農民会。

我這説話、説得農民都笑起来。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

近人・毛沢東「湖南農民運動報告」(「毛沢東選集」所収)より。わかりやすくていい演説ではありませんか。なお、この文章は肝冷斎が見つけてきたのではなく、小野信爾さんという人が朝日新聞社「中国文明選15革命論集」(昭和47年3月)の中で摘録してくれている(読み下し・訳は肝冷斎)んです。この本はこの数年読んだ本の中で、五指に入るぐらいおもしろい。なにしろ、四人組はおろか林彪さえ失脚してない状態での編集・翻訳らしく、別の共同編者(吉田富夫さん)によれば、

そうですが、すでに71年9月に林彪事件が発生しており、その後この人がどういろいろ説明とか弁護とか自己反省とか始末つけたか知りたい・・・止めておきます。われらも今、未来について何も知らぬまま「カネだけ今だけ自分だけ」と何たら手帳を振りかざして唱えているようなものであるから。

ホームへ
日録目次へ