能使汝售(よく汝をして售らしめん)(「鬻蕎麺者伝」)
うろんではなくそばでっか。

ソバでも食ってカえロンか。
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いずれの国のいずれの時でありましょうか、
城西沙場、有鬻蕎麺者曰泉氏。
城西の沙場に、蕎麺(きょうめん)を鬻ぐ者有りて泉氏と曰えり。
城の西の砂場町に、そばを売る店があった。泉屋という。
善售、蓄婢僮数十百人。袒而磨者、巾而篩者、溲者、棍者、縷者、瀹者、陳器者、置漿者、待客者、日出而作、夜闌而後息。
善く售(う)り、婢僮数十百人を蓄う。袒して磨る者、巾して篩う者、溲する者、棍する者、縷する者、瀹する者、器を陳(つら)ぬる者、漿を置く者、客を待つ者、日出でて作(おこ)り、夜闌なわにして後息む。
よく売れていた。男女の店員が百人で利かないぐらいおり、肌脱ぎして(蕎麦を)磨って粉にする者、布で篩いをかけ(て粉を選別す)る者、水で捏ねる者、棍棒で延ばす者、繊切にする者、茹でる者、器を並べる者、そばつゆを入れる者、客をあしらう者など、朝から働いて、夜中遅くにやっと休息できる、というありさまであった。
もうかってはるんでっしゃろな。
実際には、主人と番頭は、
「目が回るような毎日やな」「これでは店員らはもちまへんで」
と悩んでいた。
それにしても、
吾聞蕎麺価之廉者、雖喜啖者、不耐百銭、少者其六之一飽。然而泉氏収銭、日数十百緡。可謂善售矣。
吾聞く、蕎麺は価の廉なるものにして、喜啖する者といえども、百銭に耐えず、少なき者はその六の一にて飽く。然るに泉氏の銭を収むること、日に数十百緡、善く售ると謂うべきなり。
わたしが聞いたかぎり、そばというのは安いもので、大好きな者でも、百銭分も食えないといい、少食なやつはその六分の一食べればもう腹いっぱいになってしまう。しかし、泉屋のもうけは、一日あたり数十百緡(さし)だというのだから、よく売れているというべきであろう。
「緡」(さし)はだいたい百枚の銭を紐で綴ったもの。数十百緡といっているので、そういう緡銭が数千本だといっています。大好きな者が百銭≒一緡以下しか消費できない、というのですから、数千緡ということは、数千杯売れる、ということです。
ところで、
其北街亦有鬻焉者、亦曰泉氏。諸沽乎南泉氏者、過其門而弗顧。久之将更業。
その北街にもまた焉(これ)を鬻ぐ者有り、また泉氏と曰う。諸(もろもろ)の南泉氏に沽う者、その門を過ぐれども顧みず。これを久しくしてまさに業を更(か)えんとす。
城下の北の街にも、またそば屋があって、そこも泉屋といった。南の方の泉屋のお客たちは、北の泉屋の門を通り過ぎるのだが、振り向きもしない。そんなことが長く続いたので、北の泉屋は商売替えをしようということになった。
南泉氏聞之、踵門而訊曰、我与汝同業乎、其兄弟也。今汝以不售、廃業不可也。我且貸乎汝。
南の泉氏これを聞きて、問に踵(いた)りて訊きて曰く、「我なんじと業を同じくするは、それ兄弟なり。今汝售れざるをもって業を廃すること不可なり。我まさに汝に貸さんとす」と。
ミナミの泉屋はそのことを聞いて、キタの泉屋まで大急ぎでやってきて、言った。
「我が家とおまえさんところとは同業者、すなわち兄弟みたいなものである。今、おまえさんは商売がうまく行かなくてそば屋を止めようとしているが、それはダメだ。わしがおまえさんに元手をお貸ししますから」
北泉氏謝曰、雖能貸之、而不售也。恐不継。
北の泉氏、謝して曰く、「よくこれに貸すといえども、售れざるなり。おそらくは継がざらん。
キタの泉屋は、感謝の意を表した上で、言った。
「わたしどもにお貸しいただいたとしても、売れませんから。おそらく、すぐにダメになってしまいます」
南泉氏曰、我能使汝售焉。
南の泉氏曰く、我よく汝をして售らしめん、と。
ミナミの泉屋は言った、「大丈夫じゃ。わしらが、必ずおまえさんとこのそばを売れるようにするゆえ」
さて、どうするのでしょう。
ミナミの泉屋は、
還命輸之銭、夜則戌而収鋪。有叩戸求沽者、輒曰戌之後、沽乎北泉氏、亦猶我也。
還りて命じてこれに銭を輸し、夜はすなわち戌にて鋪を収む。戸を叩きて沽るを求むる者有れば、すなわち曰く「戌の後は北泉氏に沽え、またなお我がごときなり」と。
自分の店に帰ると、まずひとに命じてキタの泉屋にカネを持って行かせた。それから、夜には戌の刻(午後九時ぐらい)になると店を閉めた。戸を叩いてそばを食わせてくれ、という者があると、
「うちは戌の刻まででんねん。この後の時間は、キタの泉屋に行っておくんなはれ。向こうもうちと同じ系列でっせ」
と告げた。
「そうでっか」「ほな行ってこましたろ」
於是諸沽乎南泉氏者、戌之後、皆之乎北泉氏。
ここにおいて諸(もろもろ)の南泉氏に沽う者、戌の後はみな北泉氏に之く。
こうして、ミナミの泉屋に食いにきたお客どもは、戌の刻以後はみなキタの泉屋へ行くようになった。
おかげでミナミの泉屋の店員たちは以前よりは早く休めるようになった。
また、
由是北泉氏不售於昼、而售於夜、亦富。郷隣之聞者咸曰、善哉。然而南泉氏益售、卒大富。
これによりて北泉氏は昼には售れずといえども、夜に售りてまた富む。郷隣のこれを聞く者、みな曰く、「善いかな」と。しかして南泉氏ますます售れ、ついに大いに富めり。
このおかげでキタの泉屋は昼間はあまり売れなかったが、夜になるとよく売れるようになって、だいぶん身上もよいようになった。浪速のひとたちはこの話を知って、みな「系列店なんておもろいやないか」と評判し、ミナミの泉屋はますます売れるようになって、とうとう大富豪となったのであった。
嗚呼、泉氏市井賤人耳。然能推兄弟之愛者。又類乎己欲達而達人者。其致富、蓋有以也。
嗚呼、泉氏は市井の賤人のみ。然るによく兄弟の愛を推す者なり。また、「己れ達せんと欲して人を達する」者に類す。その富を致すも蓋し以てする有るなり。
ああ! 泉屋はんは町内のただの商人である。だが、兄弟の間の愛情を押し広げて、系列店にまで及ぼしたのだ。また、「論語」にいう、「自分を成功させようと考えて、まずは他人を成功させる」という行動に類似している。大富豪になったのも理由のあることである。
さて、学ぼうとする者は、このことからも学ぶことができる。
今夫仕之、駢肩於朝、其録於国者、独不有兄弟之親邪。至其同職連事、益近而益相嫉、曾寇讐之不若者、能無愧於泉氏邪。
いま、夫のこれに仕え、肩を朝に駢(なら)べ、その国に録せらるる者、ひとり兄弟の親有らざるか。その職を同じくし事に連なるに至りて、ますます近くしてますます相嫉み、かつてこれと寇讐するに若かざるは、よく泉氏に愧じること無からんや。
現在、仕官して、政庁に肩を並べて仕事をし、藩から給料をもらっている者たちだけは、兄弟に親しんだことがないのであろうか。同じ仕事をし、対象はつながりあっているはずなのに、近づけば近づくほど互いに妬み、嫉みあい、以前、あだやかたきになったことがあるかのようにしている人たち(おまえさんのことじゃぞ)は、この泉屋に対して恥ずかしいことはないのだろうか。
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浪速・懐徳堂の名儒、履軒先生・中井積徳「鬻蕎麺者伝」(蕎麺を鬻ぐ者の伝)です。「本朝名家詩文」(学習院教授・岡田正之、慶應義塾講師・佐久節編、大正五年明治出版社蔵版)所収。キタの泉屋にステルス値上げでもさせるのかと思いましたが、系列化による補完営業だった。
二回に分けようと思ってたのですが、結局一回にしてしまいました。もう何時だと思っているのか。年甲斐も無く頑張ってしまいましたので、また調査報告が出来ませんでしたのう。