独足鬼(独足の鬼)(「東軒述異記」)
休日だし、春先でウキウキして来ます。ツキも代わったし、これからはいいことがたくさんある・・・かも。あいつらの鼻を明かしてやることができる・・・かも。だが、実名になった瞬間、ぺこぺこします。
今日は、匿名で楽しいメルヘンでもお話しましょう。うっしっし。

おれたち土偶は縄文時代はたくさん生きていたんだ。いまでは生き残っている個体は数少なくなってしまったけどね。
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清の時代になっても、浙江・富陽の桐盧山中には、
多独足鬼。
独足の鬼、多し。
一本足の妖怪が多く出現した。
地元の人たちは「鬼」(妖怪)ではなく「独脚仙」(一本足の精霊さま)と呼んで、
比戸祀之。
比戸、これを祀る。
どこの家でもこの神さまを拝んでいた。
そうしないと、
紗帽綵袍彳亍而来、夜入人家、能魘人至死。
紗帽綵袍にて彳亍(てきちょく)として来たり、夜人家に入りてよく人を魘(まじ)ない死に至らしむ。
「彳」(てき)「亍」(ちょく)は、「行」の字を二つに分けているだけに見えますが、それぞれ立派な一文字で、「彳」が右足だけで行く、「亍」が左足だけで行く(逆だったかも知れません)、要するに片足だけで歩く姿です。「彳亍」と熟して「よろよろあるく」意味になります。
薄絹の帽子をかぶり、色糸で織った上着を着て、夜中に一本足でぴょんぴょん飛びながらやってくるんじゃ。ひとの住む家の中に入り、住民に怖ろしい思いをさせて、死に至らせてしまうのである。
なんとおそろしいではありませんか。
又能竊人財物飲食。城中亦不能免。
また能く人の財物飲食を竊む。城中もまた免かる能わず。
また、住民のお金や持ち物や、食べ物飲み物まで盗んで行ってしまうという。(田舎はもちろん)市街地でもその被害を免れることはできないのだ。
時作老人扶策至人家、夜与人共宿。親而奉之、所求必得、否則為祟。
時に老人と作りて扶策して人家に至り、夜人と共に宿す。親しくしてこれを奉ずれば、求むるところ必ず得るも、否なればすなわち祟りを為す。
時には老人の姿になって、杖をつきながら人の家に来て、一晩泊まっていくこともある。親近感を持って大切に付き合うと、願い事はなんでもかなうようになるのだが、そうしないと祟りを起こすことんある、ともいう。
こんな精霊が本当にいるのか、はじめは疑問であった。
按ずるに、古代の神・夔(き)はすなわち独足鬼(一本足の妖怪)であったという。夔はいろんな神格がありますが、甲骨文字の時代から存在し、有力な氏族の祖先神であるとされたり、猿型の神であるとされたりします。浙江・富陽の「独脚仙人」は、この「夔」の江南地方における生き残りではないだろうか。
「夔」は江西省北部の山間部などには、今でも実在が確認されているのだ。
山魈木客之類也。夔形似人、一足、挟杖能升高嶮、入人室、竊飲食衣服、亦害人。
山魈木客の類なり。夔、形は人に似、一足、杖を挟んでよく高嶮に昇り、人室に入り、飲食衣服を竊み、また人を害す。
古代から伝説の伝わる「山の怪人」とか「森の住民」などといわれる種族の一種であろう。「夔」(き)は、ほぼ人間と同様であるが、一本足で、いつも杖を手にして、どんな高いところ嶮しい崖も登ることができるし、人間の住居に入り込んできて、飲み物食べ物着る物を盗んでいくし、時には人を傷つけたり殺したりもするんじゃ。
彼らは、
巣居於木、有匹偶。
木に巣居し、匹偶有り。
樹上に住居を設けて、夫婦で暮らしている。
豫章諸山多有之、居民見之甚悉。
豫章の諸山に多くこれ有り、居民これを見ること甚だ悉くせり。
江西北部から山西にかけての山中には、この夔族がかなりたくさんいる。現地のひとびとは、ほとんど誰でも、これを見たことがあるという。
「ほんとにいたんだ!」
どっとおはらいじゃ。
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清・東軒主人「述異記」巻下より。ああコワかった。最後に「どっとおはらい」をしてくれたので現実に戻ってこれましたが、これをしてくれないと物語の世界に捕らわれたままになってしまうことがあるので、物語を聴くことはあまりにも危険です。現代でも、わたしは若いころカンフー映画を見て、それから何日間かは棒術の練習をしたり「あちょー」と叫んだりする祟りを受けたことがあります。
それにしても夔族の婚姻率がかなり高そうなのには驚きました。子孫の残し方とかいろいろ考えさせられるところがありますね。人魚姫も悩ましい。