豈足当此(あにこれに当たるに足らんや)(「明語林」)
えらい人たちは大変みたいですが、わたしども在野のしもじもは文句言ってもいいし、何の責任もないのです。わたしどもがコオロギ食えとか放送法解釈しろとか言ったわけではありませんし。

ムシはたくましいので、こちらが食べなければ食べられてしまいます。もともと昆虫食にあまり抵抗が無いし、わたしの現役時代に国が衰えてしまった責任を取って率先して食べるつもりだったのですが、コオロギについては、食わせようと画策しているやつらがいると思われるので、国民が直観的にそいつらに怒りをバクハツさせているのかと思います。グルメ番組とか総〇大臣があれ食ったこれ食ったというのをテレビで見てれば「おれらはコオロギかよー」と怒って当たり前かも。わたしはテレビないので知りませんが。
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明のころのことですが、況伯律という人が蘇州知事をしているとき、
一吏遺火、府治為燼、簿牘靡存。
一吏火を遺(わす)れ、府治燼と為り、簿牘存する靡(な)し。
一人の下っ端が火の始末を忘れたせいで、州の役所が全焼してしまい、帳簿も記録もすべて焼失してしまった。
及火熄、況出坐礫中、呼吏。
火の熄むに及びて、況出でて礫中に坐し、吏を呼ぶ。
火が収まったところで、況知事は避難場所から出てきて瓦礫の中に座り込み、失火した下っ端を呼び出した。
下っ端が震えながら前へ出ると、況はいつもどおりの穏やかな声で、
痛杖。
痛杖せよ。
「杖で殴る罰を与えよ」
と言った。
(死ぬまで殴られるのだ・・・)
と思って、畏まっていると、況が、さっきより少し声を荒らげて言った。
「何をしている! はやく、杖で殴れ!」
「は、はあ? 誰を・・・」
「わしに決まっておるだろう。知事の指示によって庁内での官吏のミスを罰するのは、お前の事務だったよな」
「は、はあ・・・」
言われるままに知事を杖で殴った。
「ひとーつ!」ばしっ「ああー!」
「ふたーつ!」ばしっ「うううーん」
「みーっつ!」ばしっ「おおーーー」
気持ちいいのでしょうか。
数発なぐりますと、知事は手を振って言った。
「よ、よし、これぐらいでいいだろう」
「はあ」
それから、
自造疏、一引為己咎、更不及吏。
自ら疏を造り、一に引きて己の咎と為し、更に吏に及ばず。
(瓦礫の上で、墨と筆を持って来させ)自分で上奏文を書いた。内容は失火の責任をすべて自分のミスであるとし、下っ端のミスには全く触れていなかった。
そして、最後に、
「責任者の知事・況は既にきつく罰してあります」
と書き加えて、
「よし、では、これを誰か我が州を管轄する南京の督部さまのところに届けてくれ」
と命じたのである。
「あの・・・」
失火した吏が訊いてみた。
擬必死。
擬するに必死ならん。
「わたしは死罪になると思ったのですが・・・」
「はあ?」
況聞嘆。
況は聞きて嘆く。
況はそのコトバを聞いて、大きなため息をついて、言った。
「そうできればいいのだが・・・。建物だけでなく、大切な文書類まで焼いてしまったのだ。
此守事也。小吏豈足当此。
これ守の事なり。小吏あにこれに当たるに足らんや。
こんな大問題は、知事の問題だ。お前たち下っ端が責任を取れるようなことではない!」
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清・呉粛公「明語林」巻一「徳行上」より。途中、「なんなんだ、この人」と心配しましたが、「徳のある行い」だ、ということに整理されているようです。責任感が強くてこんな人に憧れる・・・人もいるかも知れませんが。