穿墉視之(墉を穿ちてこれを視る)(「世説新語」)
今日は楽しいひなまつり、オンナの子の節句です。オンナの子の活躍したお話をしましょう。

特に異存はありません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
晋の山濤は一度会ったその日から、嵆康・阮籍がたいへん気に入り、「金蘭の交わり」であった。
―――「金蘭」?「金襴緞子」じゃないの? なるほど、蘭丸の「蘭」ね。男同士の愛かしら。
いや、違うんです。「易」繋辞上伝に曰く、
二人同心、其利断金。同心之言、其臭如蘭。
二人同心すればその利(と)きこと金を断つ。同心の言は、その臭、蘭の如し。
二人が同じ心で事に当たれば、たいへん鋭くなって金属をも断ち切ることができるだろう。同じ心になった仲良しの人たちのことを誉めるコトバは、まるで蘭の花のように香しい。
から出来たコトバで、仲良しのことを言うんです。・・・うーん。確かに古代の男性結社における「愛」の雰囲気もなんとなく漂っています・・・が、この問題に深入りするのは避けておきましょう。
山濤の妻は、
覚公与二人異於常交、問公。
公、二人と常交に異なるを覚え、公に問う。
山濤とその二人の付き合い方が普通ではないような気がして、山濤に訊いた。
「あなた、あの二人とどういう関係なの?」
にやにやして訊いたのでしょうか。
山濤は言った、
我当年可以友者、唯此二生耳。
我、当年に以て友とすべき者は、ただこの二生のみなり。
「おれが現代において友になりたいと思うのは、あの二人だけだぜ」
妻は言った、
負羈之妻、亦親観孤趙。
負羈(ふき)の妻もまた親しく孤・趙を観る。
「ふーん・・・、負羈の奥さんも自分で孤偃(こえん)や趙衰(ちょうし)を見たんだったわねえ・・・」
「負羈の妻」って誰やねん?
またまた故事を調べなければなりません。
「春秋左氏伝」僖公二十三年(前637)条に曰く、
晋の文公が亡命時代、曹の国で世話になった際、曹の共公は文公が「一枚あばら」という特異体質だというウワサを聞いて、これを確かめようと文公が風呂に入っているのを覗き見して、バレた。
・・・オトコの人のハダカを見たがったのです。ニヤニヤしていたのでしょうか。古代の人のことなので深入りは避けておきますが・・・。
この時、曹の国の貴族であった僖負羈(き・ふき)の妻がその夫・負羈に言った、
吾観晋公子之従者、皆足以相国。若以相夫子、必反其国。反其国必得志於諸侯。得志於諸侯、而誅無礼、曹其首也。
吾、晋公子の従者を観るに、みな以て国に相たるに足る。もし以て夫子を相(たす)くれば、必ずやその国に反らん。その国に反らば必ず志を諸侯に得ん。志を諸侯に得て礼無きを誅するに、曹はその首たらん。
「わたし(は晋の公子さまに直接お会いすることはできません)が、晋の公子さまのおつきの者たち(孤偃さんや趙衰さん)を見てみたところ、みなさん一国の大臣となれそうな人材です。あの人たちが主君の公子を助けているなら、いずれ必ず亡命を終わらせて晋の国の政権をおとりになるでしょう。あの人たちが政権をとれば、晋の国は必ず他の諸侯国を支配するような強力な国になることでしょう。他の諸侯国を支配するようになれば、自分たちに失礼のあった国を討伐なさるでしょうが、その時、曹の国は(ハダカを見てしまったのですから)最初にヤられることになります」
「はあ」
子蓋蚤自貳。
子なんぞ蚤(はや)く自ら貳(じ)せざる。
「あなたは、どうしてすぐに自分で二股を架けにいかないの?」
曹公を裏切って文公によしみを通じなさい、というのである。
「はあ」
そこで僖負羈は文公の一行に食べ物と璧(玉かざり)を贈った。
公子受湌反璧。
公子、湌を受け璧を反す。
晋の文公は食べ物はありがたくいただいたが、玉かざりの方は返してきた。
今、亡命中であり、その間に必要な援助は受けるが、それ以上のものはもらわない。筋の通った対応である。
「ステキね!」
とオトコ心にも惚れたかどうかは記録がありませんが、その後、女房の予想どおり文公は晋に帰ってその国の主君となり、強国を作り上げて諸侯に号令し、曹の国を討伐したが、僖負羈の一族だけは責めを免れたのであった・・・。
というのが「負羈の妻」の物語です。
山濤の妻は、この話を引いて、
意欲窺之。
意、これを窺わんと欲す。
心に二人を(孤偃・趙衰のように)見てみたい、と思ったのだ。
他日二人来、妻勧公止之宿、具酒肉。
他日二人の来たるに、妻、公に勧めてこれを止めて宿せしめ、酒肉を具(そな)う。
しばらくして嵆康と阮籍の二人が来ると、妻は山濤に「お二人を留めて一泊していってもらいなさい」と勧め、酒と料理を用意した。
そして、
夜穿墉以視之。
夜、墉(よう)を穿ちて以てこれを視る。
夜中に、土壁に穴をあけて、オトコたちの様子を覗き見したのだった。
ニヤニヤしたりハアハアしたりしたのでしょうか、
達旦忘反。
旦に達するも反るを忘る。
朝になるまで覗き見していて、自分の部屋に帰るのを忘れてしまっていた。
二人が帰った後、山濤は訊いた。
「朝までのぞき見していたそうじゃないか。
二人何如。
二人何如ぞ。
あの二人、おまえはどう思った?」
妻は言った、
「ステキね!
君才殊不如。正当以識度相友耳。
君が才ことに如かず。まさに識度を以て相友とするのみ。
あなたの能力ではなかなか太刀打ちできませんわ。識見と度量とで友だちづきあいしていくしかないわね」
山濤は言った、
伊輩亦常以我度為勝。
伊(かれ)が輩もまた、常に我が度を以て勝(まさ)れりと為せり。
「あいつらも従来から、おれの度量がすぐれていると言ってくれてるぜ」
オトコ同士の気持ち、オンナごときに言われんでもわかっとるわ!・・・ということでしょうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・
宋・劉義慶「世説新語」賢媛第十九より。「賢媛」は「賢い女性」のエピソードを集めた章です。なお、登場人物の嵆康と阮籍、それに山濤はいわゆる「竹林の七賢」のうちの三人です。「竹林の七賢」は竹林ではなく部屋の中で覗かれていたんですね。
それにしても、オンナの子の日なのにオトコ同士のお話ばかりで失礼いたしまちたー!「妻」とか「奥さん」とか「女房」とかコトバ遣いに乱れもあり、ゆるちてー!
話かわるんですが、今日ほんとに何年振りでしょうか、〇〇駅のコンコースで物を乞うている人を見た。今日も夜は寒いのですが、いまは地下から追いだされているでしょう。いよいよそんな社会経済状態になってきたようです。無告だから為政者には聞こえないか・・・。