2月9日 明日はまた町でカレーを食うだろう

迥異尋常(迥(はるか)に尋常に異なる)(「秋水軒尺牘」)

昼に千円海鮮丼食ったんです。コロナや物価上昇の影響で、この数年、休日の食べ物は自分で作った「しゃぶしゃぶ飯」とか「漬物混ぜごはん」とか貧しいものとなっているので、今日は異常だったといえよう。

今回はカキやバナナでがまんしとくか。うきき。

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清の時代のことですが、

佳序、正以有酒無螯。空結臨淵之羨。

「臨淵の羨」(淵に臨んでの羨ましい気持ち)とは何であろうか。「漢書」董仲舒伝にいう、

古人有言、臨淵羨魚、不如退而結網。

ホントは名声が欲しいなら有名人の回りにうろうろしているより、家に帰って勉強しろ、といういい言葉なのですが、ここではこれをそのまま「魚」を「カニ」に変えただけです。

というように寂しくしておりましたところ、なんと、

何意楮生下賁、竟偕公子同来。

二つの「擬人化」がなされています。「楮生」(ちょせい)は「こうぞ君」で、こうぞは紙の原料。「楮生」は「紙」です(既に唐・韓愈に紙を「楮先生」と呼んだ例あり)。「公子」(おぼっちゃん)とは、カニを「無腸公子」(はらわたの無いおぼっちゃん)と呼んだ(「抱朴子」)例に基づいて、カニのことです。ついでに、「賁」(ひ)は「飾り」「飾る」。

「下を飾って」と言われている紙は、送り主からの手紙です。河北滄州の地の古くからの友人たちが贈ってくれたのである。

即命庖人、立烹介士。樽前風味、迥異尋常。

「介士」もカニのことです。これも「抱朴子」にカニのことを「横行甲士」(横歩きするかぶとをかぶったやつ)と言っているので、「甲」「介」いずれも「殻」のことなので「介士」と言った。

この人は普段はどんなものを食べてるんでしょうか、と少し疑問も持ちますが、それはさておき、

昔、王宏白衣送酒、千古伝為美談。今諸君青衣送蟹、未始非後先佳話也。

また難しい言い方をしてますが、まず「王宏」というひとは、陶淵明が

九月九日無酒、出籬辺悵望、未幾白衣人至。乃王宏送酒使也。即便酣飲。

南朝宋・檀道鸞「続晋陽秋」という本に書いてあって、「いい話」とされていた。

「青い衣」は典故がまためんどくさいので省きますが、貧乏なやつが着る服と決まっていた。

要するに、陶淵明レベルにいい話として伝えられてしかるべきだろう、と感謝しているわけです。

属饜之余、曷勝銘謝。

「属饜」は「飽きるほど食う」「腹いっぱいになるまで食い続ける」という意味の「春秋左伝」に出てくる言葉です。この話は十年ぐらい前にしたことがあるのですが、今度またしましょう。なかなか身につまされますよ。

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清・許葭村「秋水軒尺牘」第八十八書「謝滄州諸友送蟹」(滄州の諸友の蟹を送るに謝す)。文中には「滄州」という地名も無いし、相手方に関する固有名詞も無い。いつでもどこでも使える感謝状になっているので、誰かがカニを贈ってくれたらこの文章そのまま和訳して返事を書こうと思っているのですが、贈られてきません。つながらない権利を主張しているわけではないのですが、もう取引先からも連絡来ないし。むなしく今年の冬も過ごすばかりである。

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