迥異尋常(迥(はるか)に尋常に異なる)(「秋水軒尺牘」)
昼に千円海鮮丼食ったんです。コロナや物価上昇の影響で、この数年、休日の食べ物は自分で作った「しゃぶしゃぶ飯」とか「漬物混ぜごはん」とか貧しいものとなっているので、今日は異常だったといえよう。

今回はカキやバナナでがまんしとくか。うきき。
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清の時代のことですが、
佳序、正以有酒無螯。空結臨淵之羨。
佳序に正に酒有れど螯(ごう)無し。空しく臨淵の羨を結ぶ。
いい季節になったが、酒は有るのにカニが無い。ひとり寂しく「岸辺でよだれ」の思いをしていた。
「臨淵の羨」(淵に臨んでの羨ましい気持ち)とは何であろうか。「漢書」董仲舒伝にいう、
古人有言、臨淵羨魚、不如退而結網。
古人言う有り、淵に臨んで魚を羨むは、如かず退きて網を結ぶに。
昔の人はこう言った、「岸辺から覗き込み、魚が欲しくてよだれを流しているぐらいなら、早く家に帰って網を編むがよい」と。
ホントは名声が欲しいなら有名人の回りにうろうろしているより、家に帰って勉強しろ、といういい言葉なのですが、ここではこれをそのまま「魚」を「カニ」に変えただけです。
というように寂しくしておりましたところ、なんと、
何意楮生下賁、竟偕公子同来。
何の意ぞ楮生(ちょせい)下賁して、ついに公子と同来せり。
二つの「擬人化」がなされています。「楮生」(ちょせい)は「こうぞ君」で、こうぞは紙の原料。「楮生」は「紙」です(既に唐・韓愈に紙を「楮先生」と呼んだ例あり)。「公子」(おぼっちゃん)とは、カニを「無腸公子」(はらわたの無いおぼっちゃん)と呼んだ(「抱朴子」)例に基づいて、カニのことです。ついでに、「賁」(ひ)は「飾り」「飾る」。
どういうつもりだか、紙書生くんが下を飾って(敷物になって)、カニぼっちゃんと一緒に来てくれたのだ。
「下を飾って」と言われている紙は、送り主からの手紙です。河北滄州の地の古くからの友人たちが贈ってくれたのである。
即命庖人、立烹介士。樽前風味、迥異尋常。
即ち庖人に命じて、立ちどころに介士を烹る。樽前の風味、迥(はるか)に尋常に異なれり。
すぐに料理人に命じて、すぐに「甲羅ざむらい」のやつを煮てもらった。お酒の樽を用意して、その前での香りと味、普段の食べ物とあまりにも違ううう!
「介士」もカニのことです。これも「抱朴子」にカニのことを「横行甲士」(横歩きするかぶとをかぶったやつ)と言っているので、「甲」「介」いずれも「殻」のことなので「介士」と言った。
この人は普段はどんなものを食べてるんでしょうか、と少し疑問も持ちますが、それはさておき、
昔、王宏白衣送酒、千古伝為美談。今諸君青衣送蟹、未始非後先佳話也。
昔、王宏は白衣に酒を送らしめ、千古伝えて美談と為す。今、諸君は青衣にして蟹を送る、いまだ始めより先の佳話に後るるは非ざるなり。
また難しい言い方をしてますが、まず「王宏」というひとは、陶淵明が
九月九日無酒、出籬辺悵望、未幾白衣人至。乃王宏送酒使也。即便酣飲。
九月九日酒無く、籬辺に出でて悵望するに、いまだ幾ばくもなく白衣の人至る。すなわち王宏の酒を送るの使いなり。即ちに便ち酣飲す。
九月九日の重陽の節句なのに酒が無い。淵明は塀のあたりまで行って、恨めしそうに外を眺めていたが、しばらくすると、白い衣を着た人(誰かの使用人)がやってきた。知事の王宏が(陶淵明がお酒が無くて困っているだろうと思って)使者に託してお酒を届けてくれたのである。(お礼も言わずに)すぐ飲み始めて酔っぱらった。
と南朝宋・檀道鸞の「続晋陽秋」という本に書いてあって、「いい話」とされていた。
「青い衣」は典故がまためんどくさいので省きますが、貧乏なやつが着る服と決まっていた。
むかし、陶淵明のところに知事の王宏が白い服のやつを使いにしてお酒を届けてくれたのは、(現在(清の時代)から千数百年前のことだが)千年以上「いい話だ」とされている。ところが、現代では、君らは青い服を着た貧乏人のくせにカニを送ってくれた。むかしの「いい話」には全くかなわない、とは、始めから決めつけられるようなことではないであろう。
要するに、陶淵明レベルにいい話として伝えられてしかるべきだろう、と感謝しているわけです。
属饜之余、曷勝銘謝。
属饜(しょくえん)の余、曷(なん)ぞ銘謝に勝らんや。
「属饜」は「飽きるほど食う」「腹いっぱいになるまで食い続ける」という意味の「春秋左伝」に出てくる言葉です。この話は十年ぐらい前にしたことがあるのですが、今度またしましょう。なかなか身につまされますよ。
腹いっぱい食って、食い飽きたところです。このシアワセに勝るような感謝の手紙を書こう(と思うが、どんなに感謝の手紙を書いても書き尽くせそうにない)。
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清・許葭村「秋水軒尺牘」第八十八書「謝滄州諸友送蟹」(滄州の諸友の蟹を送るに謝す)。文中には「滄州」という地名も無いし、相手方に関する固有名詞も無い。いつでもどこでも使える感謝状になっているので、誰かがカニを贈ってくれたらこの文章そのまま和訳して返事を書こうと思っているのですが、贈られてきません。つながらない権利を主張しているわけではないのですが、もう取引先からも連絡来ないし。むなしく今年の冬も過ごすばかりである。