灑草之恩(灑草(しゃそう)の恩)(「与物志」)
今日はイヌのお話です。

オロカな飼い主ほどかわいいものでワン。
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晋の太和年間(366~371)のこと、江南・廣陵の楊生(楊くん)は、
畜犬甚愛之、行止与倶。
犬を畜(やしな)いて甚だこれを愛し、行止ともにせり。
イヌを飼っていたが、たいへん可愛がって、どこに行くにも一緒だった。
そんなある日、
生飲酒酔臥草中。時野焼起乗風火烈。
生、飲酒して草中に酔臥す。時に野焼起こり風に乗じて火烈なり。
楊くんは、お酒を飲んで酔っていたので、(帰り道で)草の中に寝転んでしまった。ちょうど野火が起こっていて、風に巻かれて火がどんどん激しくなってきた。
酔っ払いは放っておくしかありません。
だが、
狗周章号喚、生酔不覚。前有坑水、狗走浸水中、還以身水灑生左右草沾湿。
狗、周章して号喚するも、生酔いて覚めず。前に坑水有り、狗走りて水中に浸り、還りて身水を以て生の左右に灑ぎて沾湿せしむ。
イヌは、大慌てで吠えまくった。しかし、楊は酔っていて目を覚まそうとしない。彼らから少し離れたところに水たまりがあった。イヌはそれを見つけると、走って行ってこの水に入り、十分濡れてから、戻ってきて体をぶるぶるして水を楊が寝転がっている周囲の草に注いで、濡らした。
火尋過。
火ついに過ぐ。
おかげで火は楊を避けて広がって行った。
無事でした。
火が過ぎてからしばらくして、
生醒方覚。
生、醒めてまさに覚ゆ。
楊生は酔いから醒めで目を覚ました。
「なんか寝込んじゃったなあ、帰るか」
とイヌと一緒に歩きだして、
闇行墜空井中。
闇行して空井中に墜ちたり。
暗闇の中をふらふら歩いているうちに、涸れた井戸に落ちてしまった。
「うひゃあ、助けてくれ」
かなり深くて出られません。失敗に次ぐ失敗、ダメ人間だ。
狗呻吟徹暁。
狗、呻吟して徹暁す。
イヌはそのまわりで鳴いているうちに、夜明けになった。
人過恠之、往視見生。
人過ぎりてこれを恠(あや)しみ、往きて視るに生を見たり。
ちょうど通り過ぎた人が、イヌが鳴いているのを怪しんでやってきてくれて、覗き込んで楊生を見た。
「おおそうか、このイヌはこいつが落ちているのを教えてくれたのか。えらいイヌだなー。それに引き換え、この人は酔っぱらって落ちたんだろうな。オロカな人だ」
楊は井戸の中から言った、
可出我、当厚報。
我を出だすべし、まさに厚く報いん。
「ここから出してください。必ずたっぷりお礼はしますから」
人は言った、
以狗見与可也。
狗を以て与えらるれば可なり。
この「見」は受動を作る補助動詞(~せらる)です。
「この賢いイヌを譲ってくださいよ。そうすれば出してあげよう」
我不忍与。
我忍びざらんや。
「何処に行くのも一緒なんです。そんなことができましょうか」
若不与不出也。
もし与えざれば出ださざるなり。
「譲ってくれないのなら出してあげませんよ」
「困ったなあ」
狗因下頭目井。
狗、因りて頭を下げて井を目す。
イヌは、何かわけありげに頭を垂れて井戸の中の楊を見ている。
(こいつには、なにか知恵があるのだろう)
いつも一緒なので、なんとなくキモチがわかりあえる。
生知意乃許出之。
生、意を知りてすなわち許して、これより出でたり。
楊は、イヌが何を言わんとしているか理解して、イヌを譲ることに同意し、井戸から出してもらった。
去後五日、狗夜走帰。
去りて後五日、狗、夜走り帰れり。
そのあと五日目の夜、イヌは(新しい飼い主のところを逃げ出して、楊の家に)走って帰ってきた。
出格生曰、智哉是犬。救主其仁乎。孰謂仁且智而物無之也。
出格生曰く、智なるかな、この犬。主を救うことはそれ仁ならんや。孰(た)れか謂う、仁かつ智にして物なるはこれ無し、と。
出格生(著者の自称)はこう申し上げたい。
―――なんと「智」があって賢いのであろうか、このイヌは。また、主人を何度も救けたのだから、「仁」もある優しいイヌではないか。一体どこの誰が言えるだろうか、「仁があって智もあるドウブツなんているはずがない」と。(誰もそんなことは言えない。)
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明・王文録「与物伝」より。えらいイヌですねー。智にして仁とは。え? みなさんもこれぐらいの知恵なら回る? すごいですね、人間なのにイヌ並みの知恵があるなんて。しかし「仁」は無いだろうなあ。
今日は京都からお客さんで、いろいろ教わりました。イヌの十分の一ぐらい知恵ついたかも。