一生事畢(一生の事畢(おわ)る)(「六法図」)
ここまでやれたら終われるでしょう。

東京妖怪「ころり」だ。「おれがゴールに導いてやろうかでガオー」
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無私如天地。 私無きこと天地の如し。
天や地のように私心無く、公平にする。
光明如日月。 光明なること日月の如し。
太陽や月のように光り輝き、世界を照らす。
静重如須弥。 静重なること須弥の如し。
(仏教で)世界の中心にあるシュメール山のように、静かに黙って重々しくする。
深広如大海。 深広なること大海の如し。
大いなる海のように、心を深く、広くする。
無住如虚空。 住(とどま)る無きこと虚空の如し。
何もない空っぽの世界のように、どこにも止まることがない。
随順如流水。 随順すること流水の如し。
流れる水のように、なにごとにも柔軟に従う。
栄辱如空華。 栄辱は空華の如し。
栄光と屈辱、どちらも目にちらつくまぼろしのように気に掛けない。
冤親如夢幻。 冤親は夢幻の如し。
怨敵と親しい者と、どちらも夢や幻のようにはかないものと知る。
以上、
守此八如、一生事畢。
この八如を守れば、一生の事畢(おわ)れり。
この八つの「如し」を毎日守ること。それができれば、あなたの一生にやるべき事はもう無い。
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宋・趙令矜「六法図」より「日用八如」(現代・袁嘯波編「民間勧善書」(上海古籍出版社1994)所収)。↑こんなことできるはずないので困っております。これもそうではなくて中の分配の問題ができてないのだと思うのですが。
今日(2月1日)はキャンプを見に来ているんですが、これを「予定」稿にしておきますので、今日明日に肝冷庵に八潮の交差点みたいなことがあったら、ついにやり遂げたか、と感心してくだされや。
(2月2日夜。やり遂げられず、東京に着いてしまいました。これからは、もう日銀ではなくSNS論調によって世の中動くのでは。文〇攻撃で兵庫県で起こっていたことが少し理解できたような気がします)