2月12日 三日休むと人間性良くなる

視之已逝(これを視るに已に逝けり)(「梁渓漫志」)

ぽっくりじゃ。

そろそろ行きたいやつは連れて行ってやるぞ。

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宋の紹興年間(1131~63)の末ごろ

江西一僧、忘其名、住饒州荐福寺。

もうかなりの高齢で、この寺の長老だったそうです。

寺傍旧多隙地、寖為人侵漁。

僧、自度力不能制、乃謂其徒。

寺有主者、所以主張是寺也。座視地為他人有而不能直、焉用主者為。吾甚愧之。今当去矣。

「はあ」「そうですね」「へー」

とみんな聞き流していたのですが、ある日、長老は、

昇座鳴鼓集衆。

みんなが集まると、

高吟曰。

偈に曰く、

江南江北水雲郷、千頃蘆花未著霜。好景不将零砕売、

そして、ぎろぎろと集まった衆を見回した後、ひときわ大きな声で、

一時分付謝三郎。

謝三郎とは、唐末、

我是釣魚船上謝三郎。

と自称していた禅僧・玄沙師備のことです。謝家の三男だったのでこう呼ばれる。玄沙師備は修行の厳しさで有名だったのですが、もと漁師出身だった。

―――この風景(この寺)は、我々僧侶が守っていくのじゃ!

大声で詩偈を唱え終えた僧は、

遂閉目不語。

衆愕眙。

「眙」(ち)は「見つめる」。

何も起こらないので、高弟たちが立ち上がり、

視之已逝矣。

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宋・費兗「梁渓漫志」巻六より。地上の権力や財産には従わないことを明らかにしたのです。SDGsの風潮にも安易に乗せられないようにしてほしいとかなんとか。

明日からまた平日。地上に戻るのはこの年になってもイヤだなあ。

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