胆識不足(胆識足らず)(「楡巣雑識」)
肝冷斎が冷やしているのは「肝」であって「胆」ではないんです。気づいてましたか。

胆大にして識少なし。われにお任せくだされば、七難八苦にして進ぜよう!
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乾隆の終わり、嘉慶のはじめ(1796)ころ、四川や関中あたりは白蓮教の乱で大混乱しておりました。
混乱していても、儒教は学ばねばならんので、督学(学校の監督官)が赴任してきます。
前任陳遠山聞賊到漢中、即他避。
前任の陳遠山は賊の漢中に到ると聞くに、即ち他避す。
最初にやってきた陳遠山は、反乱軍は100キロ以上離れた長安あたりまで来ているらしいと聞くと、もうよそに避難してしまった。
文官ですし、学校の監督に来ていおいて戦乱に巻き込まれたら、周囲や中央省庁にまでご迷惑をかけてしまいます。判断は間違っていない。
ところが督学さまがいなくなったというので、
生童随散、多為賊所戕。
生・童随いて散じ、多く族の戕(そこな)うところと為れり。
学校に来ていた生員(地方大学生)、童子(小学生)らも避難するために散らばって、多くが反乱軍に殺されてしまった。
遠山聞之、鬱鬱成疾、卒於任。
遠山これを聞き、鬱鬱として疾を成し、任に卒す。
陳遠山はそのことを聞いて、鬱症状を呈するようになり、ついに任期中に死んでしまった。
後任に宋小波というのが督学として赴任してきた。
教匪流毒正酷、距府城数十里外。
教匪の流毒まさに酷にして、府城を距ること数十里外なり。
反乱教徒たちの悪影響はたいへんひどくなっており、県庁所在地から10キロ程度の近くまで来ているということである。
郡主馳報賊信、請勿至。
郡主賊信の報を馳せて、至る勿らんことを請う。
(上司に当たる)郡の太守さまは反乱軍の様子を急使を遣わして教え、「来ない方がよい」と言ってきた。
だが、宋小波は、
毅然往。
毅然として往く。
堂堂と町に入った。
町に入ると、
出廉俸二千金、募回兵為防禦計。賊偵知遁去、城籍無恙。
廉俸二千金を出だして、回兵を募りて防禦の計を為す。賊偵知して遁去し、城籍つつがなし。
俸給二千万円を拠出して、ウイグル人の兵士を募集して防御の備えを始めた。反乱軍の斥候兵がその様子を報告したので、反乱軍は遁走してしまい、城も文書類も無事であった。
まことに、
可見臨大事、存乎胆識。胆識不足、而欲以済事也、難矣。
大事に見臨するには胆識を存すべし。胆識足らずして事を済まさんとするは難いかな。
大きな仕事を現場で遂行しなければならないときは、度胸と知恵が必要である。度胸と知恵が無くて何かを仕遂げようとするのは、難しい。
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清・趙慎畛「楡巣雑識」巻下より。度胸も知恵もあればいいのですが、無い時はしようがないけど、おそらく片っ方だけだったときが問題なんですよね。