12月21日 こんな綽名が欲しかった?

痩骨柴立(痩骨柴立す)(「籜廊琑記」)

痩せたい人はこんな方法もあるみたいです。

死活問題でぶー

・・・・・・・・・・・・・・

クリスマス直前なので男女問題を取りあげましょう。

清の道光年間、わしの友だちに栄陽生というやつがいた。これはあだ名で、「精力有り余り君」みたいな意味である。

妓女の湘華というのは当時名の通った上玉だったが、栄陽生は、

与之交嬖焉。

「嬖」(へい)は「お気に入り」「ねんごろになる」などの意です。

それ以来、

口無言、言湘華也。心無思、思湘華也。目無見、見湘華也。千里無間、一刻不逾、行止坐臥、痩骨柴立、為湘華也。

だが、

生寒士、纏頭費不満人意、湘華始与善、漸且薄拒之。

既謝、弗与通、与語、弗親也。而生念念湘華如故。

どうなることであろうか。何かのきっかけで血の雨が降ることになるかも。

・・・と思っていたら、

香雪者、亦湘華亜、生一見好之。

口焉、心焉、目焉、一如嬖湘華、有過焉。

ある時、香雪が言った、

吾老是郷矣。

これは、落籍してくれ、というモーション、かも知れませんし、それをネタに何か無心しようとしているだけかも知れません。

栄陽生は答えて言った、

以子之年、当退処房老、非復翩翩美少年、且爾輩視客如伝郵、解念子傾葵藿心耶。

齟齬而去。

栄陽生にはそんな資金が無かったから、かみ合わずに済ますしか無かったのでしょう。
その後も二人はつきあいを続けたが、

香雪無定性、一日喜怒百変、生雖百計奉之、而莫測如雷霆鬼神。

慨然曰、余今了悟矣、丈夫七尺躯豈為児女子絆擾哉。

やっとわかったか、と思った人もいたかも知れませんが、

然口悟而心不悟、卒以廃業。

今はどうしているかわかりません。

・・・・・・・・・・・・・・

清・王守毅「籜廊琑記」巻一より。二年ぐらい前に読んだ時に「いいハナシだ」とメモしてるんですが、どこがよかったのだろうか。何かおもしろかったんだろう、と思うのですが、当時の感動が思い出せません。ホスト問題とか推し問題とかにつなげる・・・ほどの深刻さも無いし。痴情のもつれがありながら誰も死んでない平和さが気に入ったのかも。
「口に言無ければ湘華を言うなり。心に思う無ければ湘華を思うなり。目に見る無ければ湘華を見るなり」の一節はなかなか読ませますけどね。

ホームへ
日録目次へ