食之立尽(これを食らいて立ちどころに尽くす)(「分甘余話」)
今日はうどん屋で宴会したのですが、そんな感じで食ってまいりました。体重とか健康とか欠食している子どもたちのこととか、明日や社会のいろんなことなど考えずに、目の前に豊富な食べ物を置かれ、
「好きに食ってよいのだぞ」
と言われると、シアワセで楽しい人生を実感し、グローバリズムへの怒りもひと時忘れることができます・・・よね。

自分の将来(健康含む)や信用のことを考えなくていいのなら、いくらでも食ってしまうであろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・
楽しい飲食の話でもいたしましょう。
清の初めのころである。文安公・王鐸というひとがいて、名筆で名高かった。
在京師、諸公欲乞書。
京師に在りて、諸公書を乞わんと欲す。
みやこ北京にいたとき、朝廷のお歴々は、王鐸に字を書いてもらおうとした。
当時は自分の家で書いたものをもらう、というわけにはいきませんで、家にご招待して、その書斎や座敷に紙と筆を用意して書いてもらわねばなりません。ご招待する以上、食事を調えてお待ちすることになります。
王鐸を招くには、
置酒邀之飲、無算爵、或烹雞卵数十、盛以巨盎、破餺飥蒸餅亦数十枚、雑投其中。
酒を置きてこれを邀(むか)えて飲ましむるに、爵を算(かぞ)うる無く、或いは雞卵数十を烹て、盛るに巨盎を以てし、餺飥(はくたく)・蒸餅を破りてまた数十枚、その中に雑投す。
詳しく考証するとめんどくさいので「餺飥」(はくたく)は(韓国のホットクですが)、餃子の皮みたいなやつ、「蒸餅」は肉まん・あんまんの皮みたいなやつ、だと考えてください。
お酒を十分に用意してお迎えしなければならない。彼はいくらでも呑むので、何杯のさかずきで飲んだか、数えられなくなるほどだ。それから、ニワトリのタマゴを数十個煮込んでおいて、これを大皿に盛り上げ、餃子の皮や肉まんあんまんの皮を適当な大きさに切ったものをこの皿に数十枚、放り込んでおく。
すると、
食之立尽。
これを食らいて立ちどころに尽くす。
彼はこの大皿の中のものを食べ始めて、あっという間に食べ尽くしてしまうのだ。
それから書き始めるのである。
ちなみに、この王鐸は後に宰相クラスまで出世しているので、要注意だ。
また、韓菼(かん・たん)、字・慕蘆という人は、わたしの知人であるが、
嗜烟草及酒。
烟草及び酒を嗜む。
タバコと酒が大好きだった。
康煕戊午の年(1678)、彼と仕事で順天府に行った。彼は、移動中も人も面会中も、ほぼ常に、
酒杯烟筒不離於手。
酒杯・烟筒は手より離さず。
さかずきとキセルを手から離さないのであった。
依存症なのでしょう。
そこで質問してみた。
二者乃公熊魚之嗜、則知之矣。必不得已而去、二者何先。
二者はすなわち公の熊・魚の嗜みなるはすなわちこれを知れり。必ず已むを得ずして去るには、二者いずれをか先にせん。
「酒とタバコの二つが、あなたにとって、古代の人々が好んだクマの掌や贈答用の魚のような好物であることはわかりました。ところで、どうしてもしようがなくてこの二つのうちから一つを削除するなら、どちらを先にしましょうか」
それまで楽しく談笑していたのに、
慕蘆俯首思之良久、答曰去酒。
慕蘆、俯首してこれを思うことやや久しく、答えて曰く、「酒を去らん」と。
慕蘆はうつむいて、何やら深刻そうに考えこんでいたが、大分経ってからやっと答えた。
「お酒の方・・・でしょうか」
衆為一笑。
衆、一笑を為せり。
みんな、どっと笑ったものであった。
・・・・・・・・・・・・・
清・王士禎「分甘余話」巻二より。人が笑っているだけで「何が可笑しいのだ」と怒りたい人もいるかも知れませんが、楽しい宴会の席だからいいではありませんか。
ちなみに、「必ず已むを得ずして去るには二者いずれをか先とせん」は、「論語」顔淵篇の
子貢問政。子曰足食、足兵、民信之矣。
子貢、政を問う。子曰く、食を足らし、兵を足らし、民(をして)これを信ず(ぜしむ)。
子貢が「政治とはいかなるものでしょうか」と質問した。先生は答えて言った、
―――必要な食糧を確保すること。必要な武力を保持すること。人民が信頼するようにすること。
という有名な章の「パロディ」になっています。
孔子の回答のうちの「これを信ぜしむ」の「これ」が何か、はいろいろ議論があります。食と兵が足りていることを信じる、政府を信じる、お互いに信用しあう、など。とりあえず「政府を信じる」ということにして先に進みましょう。
子貢曰、必不得已去於斯三者、何先。
子貢曰く、必ず已むを得ずしてこの三者において去るには、いずれを先とせん。
子貢は質問した。
―――どうしてもしようがなくてこの三つのうちから一つを削除するなら、どちらを先にしましょうか。
―――仮定のご質問にはお答えできかねる。
と言っておけばいいような気もします(実際そういうふうに言う人だったのではないかと思いますが)が、孔子は答えて言った、
去兵。
兵を去らん。
―――武力を除くべきであろう。
一応、文句をつけておきますと、孔子は最初「食を足らす、兵を足らす」と必要な食糧の確保、必要な武力の保持、という「政策方針」を政治に必要なものとして掲げたのですが、子貢の質問に回答するに当たっては、「政策方針」ではなく「食糧」や「武力」そのものを除く、と答えていて、なんやら自己矛盾しています。なんやらもやもやしますね。
子貢はさらに質問した。
必不得已去於斯二者、何先。
必ず已むを得ずしてこの二者において去るには、いずれを先とせん。
―――どうしてもしようがなくて残る二つのうちから一つを削除するなら、どちらを先にしましょうか。
去食。自古皆有死。民無信不立。
食を去らん。いにしえよりみな死有り。民は信無ければ立たず。
―――食糧を除くべきであろう。どの時代にも死は避けられないものだ。しかし、人民は信ずるものがなくなったら崩壊して(共同体を護持することがきなくなって)しまう。
個人の死は致し方ないが、共同体(国家、社稷)を失ってしまえば都市国家や民族の再生も出来なくなってしまうであろう・・・。
「(民、)信無くんば立たず」は美しい言葉なので、なんとかしてこれを近代的に解釈しようとしてでしょうか、ネットの名言辞典みたいなのを見ますと、
民の信無くんば立たず。→ 人民に信用されなくなったら立っていられなくなる。
民は信無くんば立たず。→ (何ごとにも)信頼がなくなったら立っていられなくなる。
と解釈して使用することが多いようですが、「論語」の中では、どう読んでもそうは読めません。「論語」から離れた「無信不立」というコトバなら何とでも解釈すればいいのですが。
いずれにしろ、程氏(伊川先生か)がいみじくも言っておりますように、
孔門弟子善問、直窮到底。如此章者、非子貢不能問、非聖人不能答也。
孔門の弟子善く問い、直に窮めて底に到る。この章の如きは、子貢に非ざれば問う能わず、聖人に非ざれば答うる能わざるなり。
孔子の弟子たちは本当に質問が上手く、真っすぐに究めて物事の底まで到達してしまう。この章など、子貢でなければここまで質問できるか、孔子でなければここまで答えられるか、という典型であろう。
というとおりで、まず実際の問答とは思えないほど出来過ぎています。だから孔子の門下はすごいんだ、と言って堂々巡りなんですが・・・。少なくとも孔子という人が、こんな断言をして、後の世の人を誤まらせるはずがない、などと思ってしまうのですが。
・・・楽しい飲食の話が辛気臭い経典解釈になってしまいました。それもこれも現実の政治があまりに云云(以下略)。