妾心断絶(妾が心断絶す)(唐・郭震)
銭湯が混浴の時代のことです。

肝冷斎はなんにでも寛容ですよ。
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今日は楽ちんをして、「唐詩選」五絶より郭振の楽府題(漢代の国立音楽院「楽府」以来の題名(そうでないのも含む))「子夜春歌」を読みます。五絶=五文字✕四行ですから二十字だけなので楽です。
陌頭楊柳枝、已被春風吹。
妾心正断絶、君懐那得知。
「陌」(はく)は「阡」(せん)と同じで、田畑のあぜ道、さらに道路一般を指します。「楊」は葉が上向きに、「柳」はしだれる種類をいうらしいのですが、「楊柳」と熟してしまうと要するに「ヤナギ」です。
陌頭の楊柳枝、すでに春風に吹かれたり。
妾が心まさに断絶、君が懐(おも)い那(な)んぞ知るを得ん。
道のほとりのヤナギの枝は、もう春風に吹かれている。(もう春なのだ)
あたしのこころはホントにちょちょぎれるよう、あんたの気持ちがわからないからよ。
という女心の歌です。冠をかぶりヒゲを生やしたおっさんの漢詩人が、実は心は女性であった! のではなく、流行歌の作詞をしたと考えてもらえればよろしいでしょうか。
この詩をご紹介したのは、いい詩だからではなく(どちらかというと下らん詩ではないかと思いますが)、江戸時代、服部南郭先生がこの詩を訳しているので、それを読んでいただこうと思ったんです。
曰く―――
道のほとりの青柳を
あれ春風が吹くわいな
わしが心のやるせなさ
思ふ殿御(とのご)に知らせたや
松浦静山「甲子夜話」巻十九による。いいですねー。「あれ・・・わいな」「わしが・・・」「思ふ殿御」とか、日本人ならちょっとクネクネしながら、漢文脈よりコレですね。南郭先生は江戸時代の通人だから何でもありでしょう。
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「唐詩選」巻六より。ちなみに作者は、「唐詩選」では「郭振」とされていますが、実際は郭震、字・元振という人です。若くして進士に合格、則天武后に認められて累進、将軍として突厥、吐蕃を破る。李隆基(後の玄宗)のクーデタの後、睿宗の景雲二年(711)、同中書門下三品(副宰相)・吏部尚書(人事院総裁)に任ぜられた「出入将相」(朝廷の外に出ては将軍となり、朝廷の内に入っては大臣となる)の名臣ですが、玄宗即位(712)後左遷され、翌開元元年(713)に卒す。五十八歳。こんな人が
妾が心、正に断絶ぅ♡!
と詠んでるんだと思えばワクワクですね。