肉身土地(肉身の土地)(「東軒述異記」)
日本海側は雪になってきているみたいです。雪の降る日は囲炉裏の周りで、おじいやおばあの与太話でも聞きなされや・・・と思ったが、与太話と思いきや意外と真理を含んでいるような気もしてまいりました。

昔話はおかしいでごろん。
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清の時代のことです。
厳州山中有土地廟、夜有人臥香案下。
厳州の山中に土地廟有り、夜、人有りて香案の下に臥す。
広西・厳州の山の中に、土地神(わが国の鎮守の神さまをイメージしてください)を祀るお堂があって、ある晩、そのお堂の焼香机の下に人が寝ていた。
厳州はかなりの辺境です。この人はおそらく行商人で、行き暮れてここに宿を借りていたものと思われます。
夜半、見虎入廟土地神前。
夜半、虎の廟に入り土地神の前にあるを見る。
真夜中ごろ、トラが入ってきました。恐怖に声も出ないままじっとしていると、トラはのしのしと歩いて土地神の粘土像の前(つまり焼香机の前)まで近づいてきた。
トラは、人間のコトバで、土地神の土像に語り掛けた。
明日応啖何人。
明日、まさに何びとを啖らうべきか。
「明日、どんなやつを食えばいいのかな?」
すると、土像が言った、
明日有人従某方来、身白衣、拍扇高歌者、是爾口中之物也。
明日、人の某方より来たりて、身白衣にして扇を拍ち高歌する者有り、これ爾の口中の物なり。
「明日、どこそこの方角から来る者がある。白い服を着て、扇をばたばたといわせて声を上げて歌っているであろう。これが、おまえの口の中に入れるべき者じゃ」
「おう」
トラはまたのしのしと出て行った・・・。
夢だったのでしょう。
そんな変な格好をして、こんな辺境の地に来るやつがいるはずがない。
―――と思っていたら、明朝、そんなやつが廟の前を通りかかった。
白い服を着て、扇子をばたばたいわせながら、声を上げて歌っているのだ。
「おまえさんは何者かね」
「あっしは旅芸人一座の先駆けで、この先の村に今年の夏祭りの相談に行くのでさあ」
「悪いことは言わん・・・」
戒令他往。
戒めて他に往かしめんとす。
この先に行ってはダメだと忠告をした。
「なにゆえ?」
「昨夜こんなことがあったのだ・・・」
と話していたその時である。
虎果突至。
虎果たして突至す。
トラがほんとに突然襲い掛かってきた。
「うひゃー!」
白い服の男は腰を抜かして逃げることも出来なかったが、商人の方はトラの狙いが白い服の男であると信じていたので、恐れることがなかった。
奮梃搏撃、遂斃虎。
梃を奮いて搏撃し、遂に虎を斃せり。
天秤棒を振り回して殴りつける(が、トラは商人の方には襲い掛かることは無く、殴られるに任せていたので、)とうとうトラを殺してしまった。
そして、
乗怒気趨至廟中、罵土地神。
怒気に乗じて廟中に趨り至り、土地神を罵る。
激しく興奮したまま、お堂の中に走り込んで、土地神の土像に対して罵しった。
爾受地方香火、不保佑民生、乃教虎食人。此位還該是我坐。
なんじ、地方の香火を受けて、民生を保佑せず、すなわち虎に食人を教う。この位、還してこれを我が坐に該(あ)てよ。
「おまえは、このあたりの人たちからお香やお供えをもらっていながら、人民たちの生活を保護し助けることをせず、トラに誰を食うか教えていたのだぞ! こんなことなら、この地位を返上してわしをここの座らせるがいいわい!」
遂推仆土地而踞其位。
遂に土地を推仆してその位に踞(うずく)まれり。
とうとう土地神の像を押し倒すと、その場所に座り込んでしまった。
そして、
嗒然而逝。
嗒然として逝けり。
「嗒」(とう)は我を忘れて茫然とする様子。「うっとり」。
そのまま意識を失って死んでしまったのであった。
ケンタッキーフライドチキンの人の人形を川に放り込むような達成感・・・だったのかも知れません。
さて、いきさつは旅芸人が語ったので、
土人遂即其身装塑供養、号肉身土地。
土人遂にその身に即して塑を装して供養し、「肉身土地」と号す。
地元民たちはその人の遺体にそのまま、粘土を塗りつけて信仰対象とし、「人肉鎮守さま」と呼んだ。
これが広西・厳州の「人肉鎮守さま」の由来である。
至今此地無虎患。
今に至るもこの地に虎の患無し。
その地には、現代(清・康煕年間)に至るまで、トラの害が無い。
ということじゃ。どっとなんとか。
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清・東軒主人「述異記」下巻より。「ホントに?」などと野暮を言ってはいけません。現に「肉身土地」(人肉鎮守さま)という神社があるのに何故あるのか説明できなければ困ってしまうではありませんか。
それにしても、「地方の香火を受けて、民生を保佑せず、すなわち虎(のようなグローバリズムや経済界)に食人を教」えていることがバレたらぶち壊されてしまう、なんてことになったらいけませんから、少しマジメにやった方がいいかも。余計なお世話でございますが。