懐柔百神(百神を懐柔す)(「郎潜紀聞」)
どうしてわしは懐柔してくれないのかな。

人間の力で正されない悪は、ぼくが天誅しちゃうかもよ。
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清の時代のことですが、
国家懐柔百神、河神載在祀典。
国家百神を懐柔せんとして、河神載せて祀典に在り。
国家は、神々も懐柔して味方につけようとするので、黄河の神も国の祭祀対象表に載せられている。
毎遇防河済運、顕霊、経歴任河漕両督奏於常例外、頒賜蔵香、復請錫封賜匾有差。
防河済運に遇いて顕霊するごとに、経歴任河・漕両督、常例の外に奏して、蔵香を頒賜し、また錫封・賜匾を請いて差有り。
黄河の治水や船舶の運航のために神霊を顕彰する必要が生ずると、黄河担当と船運担当の地方総督は、自分の権限で執行できる範囲以外に、中央省庁に奏上して、保管されているお香を分けてもらい、また、それぞれの神に応じて、封号や扁額を下賜するよう出願するのである。
これはおかしなことではない。
夫禦災捍患、功徳在民、固褒賞所必及也。
それ、禦災捍患は功徳民に在れば、もとより褒賞の必ず及ぶところなればなり。
ああ、災害を防ぎ事故を止めるのは、それによって人民のためになることであるから、もちろんそれへの褒賞は絶対なされなければならないのである。
惟近年河工久停、而漕船北行。沿河挽運督運諸員、神奇其説、幾乎以請封請匾為常、似非政体。
ただ近年河工久しく停まり、漕船北行す。沿河挽運の諸員、その説を神奇にして、以て請封請匾を幾(ねが)うを常と為すは、政体に非ざるに似たり。
ただ―――、最近は黄河の堤防の工事は長く行われていない(清末には政府は治水を放棄してしまった)し、運河を航行していた船も、北側の天津北京間の水運に移されてしまった。そのような中で、黄河流域で船曳きなどに活動している人々が、神秘的な伝説を作り上げて、いつもいつも封号や賜額の依頼に奔走するのは、まともな政治とは言い難いであろう。
ちなみに祀られているのは、黄大王、朱大王、栗大王であるが、
攷黄大王事績、其人国初尚在。至朱大王即河督朱之錫、栗大王即河督栗毓美。
黄大王の事績を攷うるに、その人国初にはなお在り。朱大王に至りては即ち河督・朱之錫、栗大王は即ち河督・栗毓美なり。
この三大王がどんな神さまであるかを考察してみるに、黄大王は我が清朝の初めごろまで生きていたひとである。朱大王に至っては黄河監督官であった朱之錫、栗大王は同じく栗毓美であるというのである。
しかし、我が清朝の法規では、
無異姓封王之例、称謂亦恐不経。況諸臣所拠為顕応者、尤誕妄無稽乎。
異姓封王の例無く、称謂たるもまた経ならず。いわんや諸臣の拠るところ顕応を為すとは、尤も誕妄にして無稽ならんや。
満州族の愛新覚羅一族以外の人は「王」には封建しない決まりであり、通称としても異常である。それなのに、臣下に当たる総督たちが祈ると明らかに応報があるというのは、もうひどい妄想の大ぼら吹きで考えられないことである。
按河神助順、必先有水族現形、河漕各督即迎之治祭。其朱色者衆以謂之錫、栗色者衆以謂毓美。
按ずるに河神の助順、必ず先に水族の形を現わす有りて、河・漕各督即ちこれを迎えて治祭す。その朱色なるものは衆以て「之錫」と謂い、栗色なるものは衆以て「毓美」と謂えるならん。
考えてみると、人間を助けてくれる黄河の神々は、絶対もともと魚や貝など水中動物の出現があって、黄河担当も運航担当もこれを迎えて祭祀を行っていたにちがいない。その中で朱色の水中動物がいると、民衆たちは「朱之錫」だ、といい、栗色のがいると「栗毓美」だ、と(はじめはふざけて)呼んでいたのだろう。
安得一深明典礼之儒臣、俾任秩宗、釐正其失。
いずくんぞ一の典礼に深く明らかなる儒臣を得て、秩宗を任せ、その失を釐正(りせい)せしむるを得ん。
なんとかして、儀典や礼儀に明るい儒学的知識のある官僚を選んで、神々の出身や序列を一任して、現在のおかしなところを細かく正してもらいたいものである。
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清・陳康祺「郎潜紀聞」初筆巻十一より。インボイス導入やマイナンバー制度で人民にはマジメを要求してるんですから、「おかしなところ」ぐらいはマジメに正してもらいたいものですね。あ、でも、裏金脱税問題にも影響してしまうか。へへへ、おえらい方々がお困りになられるんじゃ、ほとぼりが冷めるまでしばらく置いておきますかね。へへへへ。