目短於自見(目は自見するに短し)(「韓非子」)
命も短しです。なんとかして遊ばなければ。

戦国時代のような厳しい時代だ、見つからないように闇に紛れて生き抜くしかない。
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こちらはチュウゴクの戦国時代の本によりますと、
古之人、目短於自見。故以鏡観面。
いにしえの人、目は自見するに短し。故に、鏡を以て面を観る。
紀元前三世紀の人が「いにしえの人」と言っているんだから、すごいいにしえの人だということが理解できよう。しかし、今のひととは違うのであろうか。
昔の人は、目が自分で自分を見ることができるほどには切れてない(横に長ければ見えるというものもなさそうな気がしますが)。そこで、鏡を使って自分の顔を見るようになったのである。
智短於自知。故以道正己。
智は自知するに短し。故に、道を以て己を正す。
知恵はあっても自分のことを知るほどみんな賢くない。そこで、道というものを設けて自分の言動が正しいかチェックできるようにしたのである。
故、鏡無見疵之罪、道無明過之怨。
故に、鏡には疵を見るの罪無く、道には過ちを明らかにするの怨み無し。
そこで、鏡は顔のキズを見つけ出したとしても罪されることはないし、道は人の過ちを摘出して明らかにしても怨まれることはないというのがいにしえよりの道である。
これはわかります。忠告をしてもらったときに忠告をする人を怒ったりする人はオロカ者です。それもわからんやつが世の中にはいますからなあ、われわれのように賢者になってもらいたいものだね。がはははは・・・え? わしが傲慢だと! うるさい!
それはそうとしまして、
目失鏡則無以正鬚眉、身失道則無以知迷惑。
目は鏡を失えば則ち以て鬚眉(しゅび)を正す無く、身は道を失えば則ち以て迷惑を知る無し。
「迷惑」を知らなければいい状況じゃないですか、というのは素人。
鏡を失ってしまうと、目は顔を見ることができなくなって、ヒゲや眉を整えることができない。道を失ってしまうと、自分では自分の行動を正すことができなくなって、間違ったり惑ったりしていることがわからなくなってしまう。
そこで、
西門豹之性急、故佩韋以緩己。
西門豹の性急なる、故に韋を佩して以て己を緩うす。
戦国・魏の賢者・西門豹は、性格がせっかちであったので、柔軟ななめし皮を帯につけて、(何かあるとそれを触って柔軟さを思い出し)自分自身の性急さを抑えてゆったりと行動するようにしていた。
西門豹という人は肝冷斎雑志で既に紹介したことがございますが、すでに散佚しています。地方官として業績を上げながら、中央がアホやから役人ができへん、みたいな感じの皮肉を遺してやめてしまった人です(「史記」では「滑稽列伝」に載せられています)。彼の伝記は、ああおもしろいなあ。みなさんも知りたいだろうなあ。しかし本日は詳細には触れません。
董安于之心緩、故佩弦以自急。
董安于の心緩やかなる、故に弦を佩して以て自ら急にす。
董安于は、「春秋左氏伝」や「国語」に出て来る戦国初期の晋(趙)の名臣です。最後は国家と主君の安寧のために自殺してしまうという超絶賢者だ。ああみなさんもどんな人が知りたいだろうなあ。教えてあげたいなあ。しかし本日は詳細には触れません。
趙の董安于は、性格がのんびり屋さんだったので、ぴんと張った弦を帯につけて、(何かあるとそれを触ってぴんと張った緊張感を思い出し)自分自身ののんびり性を抑えて、緊張して行動するようにしていた。
勉強になりますね。「西門豹佩韋」と「董安于佩弦」です。十回ぐらい書き取りして覚えてくだされよ。
故以有余補不足、以長続短。
故に、有余を以て不足を補い、長を以て短に続(つ)ぐなり。
そういうわけですから、余るぐらいあるものを使って足らないところを補い、短いものには長いものを繋いで、使えるようにしていく―――これが君子のやり方でございます。
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「韓非子」巻八「観行篇」より。わたしは佩韋より佩弦するといいはずですが、緊張するのイヤなのでやっておりません。