11月14日 買ってくると出てくる

此隠者也(これ隠者なり)(「後漢書」)

今日は久しぶりで〇野屋さんに入って「すきやき丼」というのを食べたら

涙出てきました。ただ、相応の値段がするので、今のわしが毎日食べていると、税務署が来て「まだ絞れそうだな」と絞られそうなので毎日は食べられませんが。

「美味い」の一言じゃ。

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前漢が滅び、王莽の新が建つと、これに対して多くの英雄たちが兵を起こしましたが、中でも有力だったのが漢の一族であった劉玄で、新の地皇四年(紀元23年)に即位して「更始」の元号を建てましたので、これを史書に更始帝と呼びます。はじめこの更始帝の武将であったが、後にその羈縻を脱して、更始三年(25)に自立して「建武」の元号を建てたのが後漢の創始者・光武帝・劉秀でありますが、

光武貳於更始、会関中擾乱、遣前将軍鄧禹西征、送之於道。

その帰り道、河南の野王の地で狩猟を行うことして、会場に近づくと、

路見二老者即禽。

禽何向。

二人は、

並挙手西指。

なんとなくコント仕立てです。

そのうちの一人が言った、

此中多虎、臣毎即禽、虎亦即臣、大王勿往也。

光武帝は言った、

苟有其備、虎亦何患。

何大王之謬邪。昔湯即桀於鳴條、而大城於亳。

もう一人が言った、

武王亦即紂於牧野、而大城於陜辱。彼二王者、其備非不深也。

そして、二人声をそろえて申し上げた、

是以即人者、人亦即之。雖有其備、庸可忽乎。

「なるほど」

光武、悟其旨。

「すぐに守備を固め、後詰を用意し、河南の全城郭に警戒させよう、そしてこれからは、他者との競争という行動様式を止めて、徳を以て従わせねば・・・。ところで」

顧左右曰、此隠者也、将用之。

だが、その時には、二人の姿はもう消えていて、

莫知所在。

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「後漢書」巻83「逸民伝」より「野王二老」。かっこいいー! 言ってる内容やコントみたいなしゃべり方、ではなく、「どこに行ったのかわからな」くなってしまうのがかっこいいではありませんか。隠者や逸民は、わしら賢者の永遠のあこがれじゃ。「後漢書」(中華書局版)が東方書店で店頭安売りになっていたので衝動的に買ってきてしまいました。上海古籍出版版が地層に埋もれてしまったので・・・。この年になっても自分の衝動を抑えきれないとは情けないのう、ふがふが。これからがんがん他の逸民も紹介するので、お楽しみに!
と思ったら、今日別の本探してたら出てきた。要らなくなると出て来るの法則です。どうしてこんなことになるのか。何かに当たり散らしたいぐらいですが。

尼采(ニーチェ)子曰く、

おお、人間よ気をつけよ! お前が深淵を覗き込むとき、深淵もまたお前を覗き込んでいるのだから。

を思い出しました。世界の秘密がそこにあるかと思って暗闇を覗き込むと、暗闇の方もお前の秘密を覗き込む。わたしの行動は世界の在り方と深いところでシンクロナイズしているのだ、こちらが要らなくなると、「肝冷斎の方の必要性がなくなったから、がっかりさせてやれ、いひひひ」と、世界の方が暗闇の地層の下から吐き出してくるのだ・・・とかぶつぶつ言ってみても、何言ってるかわかりませんよね。

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