10月6日 台風、津波、戦争、増税も?

岌岌無守(岌岌として守り無し)(「郎潜紀聞」)

備え有れば神さまが何とかしてくれるはず。

水星熱くて危険だが、五十億年ぐらい生きてるよー。

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嘉慶元年(1796)、白蓮教の大反乱が起こり、

賊氛逼荊州、州城岌岌無守礟。

「岌岌」は、「孟子」万章上の有名な問答に出てきます。要約していいますと、咸丘蒙が孟子に質問した、むかしむかし、舜が帝に即位したとき、先代の帝であった堯は舜の臣下になった、また、舜の実父の瞽瞍も臣下になった。すなわち、君―臣関係父―子関係という世界を規制する二つの秩序が、ともに大きく乱れた。

このことを、

孔子曰、於斯時也、天下殆哉、岌岌乎。

孟子は答えた、

否、此非君子之言、斉東野人之語也。・・・

どう説明したか、は、「孟子」を読んでください。

・・・という孔子の言葉に「岌岌」が出てきます。危険なさま。

さて、そのような危機的な状況の時に、知事さまが悩みながら寝ていますと、

漢寿亭侯忽示夢於馬厰。

漢寿亭侯って誰やねん、と思って調べますと、これは後漢~三国の関羽さま。劉備、張飛と義兄弟になったあの人です。関羽さまが曹操さまのもとで働いたとき、曹操さまがその活躍をほめて「漢寿亭侯」(荊州にある漢寿の亭を管理する侯)の称号を与えた。実質は曹操さまにもらったのですが、形式的にはその時の正統王朝である後漢からもらっているので、そのまま関羽さまを指す呼び名となったのだそうです。

夢の仰せにしたがって、軍馬小屋の下を掘ってみたところ、

掘獲礟九位、石子十万斤。

清代の一斤≒600グラムで計算しました。

このこと、朝廷に報告されて、

錫名曰神賜大礟。

名誉なことである。

攷荊州大廟、即当日幕府故阯。

ああ、頌め歌を歌いて曰く、

宜祚順祐民、威霊尤赫赫。

ありがたいなあ。全く、備えあれば、憂いなしじゃ。関羽さまは地下に備えてくださっていたんじゃのう。

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清・陳康祺「郎潜紀聞」二筆巻十より。なんで紀元二~三世紀の関羽さまが大砲の威力を知っておられるのか、という疑問も湧いてまいりますが、そんなことより、まずは反乱起こさないようにしてほしいですよね。

ちなみに、「備えあれば憂いなし」は、

有其善、喪厥善。矜其能、喪厥功。惟事事乃其有備、有備無患。

という、「尚書」(書経)説命中篇の一節が語源とされることが多いんですが、ところがこの説命中篇は漢代の偽作で、「有備無患」というのは「左伝」襄公十一年、戦勝に喜ぶ晋公に、魏絳が諫めたコトバの中に、

書曰、居安思危、思則有備、有備無患。

と引用されているところから偽作した、というのですから、自らの尻尾を飲み込もうとするウロボロスのヘビの如く、一体どこがはじめで終わりやら、混乱してしまいますよね。

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