甘寝休息(甘寝して休息す)(「松窗百説」)
職場には「なんでこの人、毎日昼間はぶうすか寝ているんだろう」と思っている人もいるかと思いますが、睡眠障害なんでしようがないんです。ああ昼間あんなに寝ても、眠い眠い。

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今は宋の時代ですが、昔のひとがこんなことを言っています。
方舟而済於河、有虚船来触舟、雖有褊心之人、不怒。
舟を方(なら)べて河を済(わた)らんとするに、虚船来たりて舟に触るる有れば、褊心有るの人といえども怒らざらん。
二艘の小舟をならべて、川を渡ろうとしていたときに、人の乗ってない空船が流れて来てこちらの舟に衝突したとしたら、怒りっぽい人でも、「空船だからなあ」と思って怒らないであろう。
「方舟」は小舟を二艘ならべて繋ぐ航法。一艘の時より格段に安定するので、古代から用いられているそうです。そういう古代の技術が端無くも読み取れる記述ですね。
ところが、
有一人在其上、則呼張歙之。一呼而不聞、再呼而不聞、於是三呼邪、則必悪声随之。
一人その上に在る有れば、すなわちこれを張歙(ちょうきゅう)せんことを呼ばう。一たび呼ばいて聞かれず、再び呼ばいても聞かれざれば、ここにおいて三たび呼ばわんや、すなわち必ず悪声これに随わん。
誰か一人、流れて来た船の上に乗っている姿が見えたら、こちらは絶対に、「張するか歙するかしろ」と呼びかけるでしょう。
「張」は櫂を押し出して、船の進路を外側に張り出すこと。「歙」は逆に、船の進路を内側に押さえ込むこと。もともと炉に空気を送り込む「ふいご」に関する技術用語で、「張」がふいごを広げて空気を吸い込む作業、「歙」はふいごを縮小させて空気を炉に向けて送り込む作業をいいます。
一回呼びかけても聞こえない。二回呼びかけても聞こえない。そうなれば、三回めに呼びかけるときには、必ず「ばかやろう」とか「なにやってんだ」とか悪態とセットで呼びかけることになるだろう。
向也不怒、而今也怒。
向(さき)や怒らず、今や怒る。
さっき人が乗っていなかったときは怒らなかったのに、今度は怒る。
これでわかったであろう、
人能虚己以游世、其孰能害之。
人よく己を虚にして以て世に游べば、それ孰(たれ)かよくこれを害せん。
ひとが自分を空っぽにして世間で行動していられるなら、いったい誰がその人をやっつけようとするだろうか。(いや、誰もしない。)
と、「荘子」山木篇に書いてあります。勉強になるなあ。肝冷斎が今みたいに空っぽになってしまったのは、この教えのせいもあるんでしょうなあ。
だが、昔はそれでよかったかも知れんが、今は宋の時代だ。
夫三呼不聞、彼必甘寝休息、不謹不虞、而任其船。
それ、三呼して聞こえざる、彼必ず甘寝して休息し、謹まず、虞(おそ)れずして、その船に任せしならん。
なんと、三回呼んだのに聞こえなかった。ということは、船に乗ってたやつは、必ずキモチよく居眠りして休憩していたのだ。謹むこともなく戒めることもなく、全くの船任せだったのだろう。
いいですねー。わたしも昼間、「甘寝休憩」していることが多くてシアワセです。その時間は。
しかし、船の進路に責任を持ちながら「甘寝休息」しているとは何と怪しからんのであろうか。
今山野之肆意直行、動触忌諱而忤於物、或責之則曰、我本無心。
今、山野の肆意に直行し、動きて忌諱に触れ物に忤らうに、或ひとこれを責むればすなわち曰う、「我もと無心なり」と。
今の時代に、山中や郊外で自由に振る舞ってタブーに触れたり他者と衝突したりしている若者がいて、別の人がその行為を責めたとする。これに対してその若者は、「わたしには本来、そんな気はなかったんです」というであろう。
是猶甘寝休息而任其船。則不得悪声者鮮矣。
これなお、甘寝休息してその船に任すなり。すなわち、悪声を得ざる者鮮(すくな)いかな。
これは、キモチよく寝込んで休息しているのとまったく同じである。悪罵されないことはほとんどあり得ないだろう。
そこで知った、
学無心者、必知其所以無心則与聖賢同。若以為木石、則未知其可也。
無心を学ぶ者、必ずその無心なれば聖賢と同じき所以を知れ。もし木石と為すならば、いまだその可を知らざるなり。
無心になろうとする者(仏教や道教の信者)は、無心になると聖人や賢者と同じ境地になれることを理解してからにしてほしい。もし、木や石のように「感じない」ことを「無心」と思っているのなら、おまえさんは何か進歩していると思いなさんなよ。
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宋・李季可「松窗百説」より。この本はなんとなく教訓になりそうなお話を集めてあって、紹介したくなってくるんです。が、結論が全くおもしろくないんです。「荘子」の「虚舟の喩」は勉強になりますが、李先生の解説は「あたりまえだよ」「え? そんな結論でいいの」といつもいつもガッカリしてしまう。ご紹介するのも気が引ける、ぐらいなのですが、あえてご紹介してみました。どうぞ嘲笑ってやってくだされよ。