百事可做(百事做(な)すべし)(「小学」)
今日はNPBドラフト会議でしたね。指名されたひともされなかった人も大根齧ってがんばろう。

でえこん?そんなものは、ぽぽんのぽんだぜ。
・・・・・・・・・・・・・
〇6-27 北宋の温公・司馬光さまがこうおっしゃっている。
吾家本寒族、世以清白相承。吾性不喜華靡。自為乳児時長者加以金銀華美之服輒羞赧棄去之。
吾が家はもと寒族、世に清白を以て相承く。吾が性は華靡を喜ばず。乳児たりし時より、長者の金銀華美の服を以て加うるに、すなわち羞赧してこれを棄去せり。
わしの家はもともと貧乏一族で、代々、清廉潔白を受け継いできたのじゃ。わしは性格的にも華麗でけばけばしたものが嫌いで、乳飲み子のころから、大人たちが金銀きらきらの華美な服を着せてくれると、恥ずかしがって顔をあからめて、脱ぎ捨ててしまったものだ(と後になって大人たちに聞いた)。
乳飲み子のころのことなので、後に大人たちから聞いた、と解釈しました。
年二十忝科名、聞喜宴独不載花。同年曰、君賜不可違也。乃簪一花。
年二十にして科名を忝(かたじけ)なくし、聞喜宴(ぶんきえん)に独り花を戴かず。同年曰く、君の賜うは違うべからざるなり、と。すなわち一花を簪(かんざ)せり。
「科名」は科挙に合格して名前を公表されたこと。「聞喜宴」は科挙に合格した新進士全員を、皇帝が招待してくれる宴会で、唐の時代に皇帝の命令で進士の一人が宴会場の園内の花を探しに行き、それを進士たちの冠につけさせて宴を賜うたことから、この宴会にはみんな花を頭に飾って出るのがならわしであった。「同年」は同じ年に合格した同僚のことです。
わしは二十歳で、ありがたいことに科挙に合格させていただいた。皇帝お招きの祝賀の宴で、わしだけは花を頭飾りにつけずに出席したのだが、その時は同輩たちから、「天子さまに招待いただいた宴会では、仕来たりを外してはいかんのだぞ」とたしなめられて、なるほど、と、一本の花だけを挿して出席したのであった。
その場では、目立たないようにしないといけませんぞ。
平生衣取蔽寒、食取充腹。亦不敢服垢敝以矯俗干名。但順吾性而已。
平生、衣は寒を蔽うを取り、食は腹を充たすを取る。また、敢えて垢敝を服して以て俗を矯め名を干(もと)むるはせず。ただ、吾が性に順うのみ。
人生、着るものは寒さを防げればいい。食べ物は腹が膨らめばいいのじゃ。一方、無理に垢がついたり破れたりした服を着て、それで俗人たちを正してやるとして名声を得よう、などとはしてはいかん。
きれいな服や美味いメシは要らん、ということです。
〇6-28 北宋の汪信民がある時、こう言った。
人常咬得菜根、則百事可做。
人、常に菜根(さいこん)を咬み得れば、すなわち百事做(な)すべし。
人間は、いつも大根を齧って、甘く感じられるようになれば、どんなことでもできるようになるだろう。
いい言葉ですよね。「菜根」が大根のことであり、それを「咬み得る」というのは(歯が丈夫で齧れる、という意味ではなく)「何度も咬んでいるうちに辛いのがだんだん甘く感じて来る、それぐらい根気よく一事に勤め、その味わいを尽くせるようになることを言うのだ」というのは肝冷斎ではなく、清の名儒・張伯行の解釈ですから信用していいのです。
いい言葉だ、と思ったのも肝冷斎だけではなく、
胡康侯聞之、撃節嘆賞。
胡康侯、これを聞きて、節を撃ちて嘆賞す。
「康侯」は北宋の大儒・胡安定の字です。
胡安定さまは、この言葉を聞いて、「ぱん」と手を鳴らして、「ああ!」と声をあげて賞賛した。
そうです。昔のひとも感動したんです。
「節」というのは、両手指の「間節」のことで、これを左右叩き合わせる(やってみてください、ちょっと痛い)と「ぱん」と音が出ます。これが「撃節」で、いにしえはこれでもって歌の調子などを取った。「手を鳴らした」と訳しましたが、現代のわれわれが普通にするような「拍手」とは違います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
南宋・朱熹編「小学」外篇・善行第六より。南宋の晦庵先生、後世尊重して朱子といいますが、彼が日常の言行の参考にするよう編纂したのが「小学」の書で、その最後に、この二篇が採用されています。「大根を食え」というのが最後の一言(第六の第二十八章)。その前には「きたない服を着てメシは腹いっぱい食え」(同第二十七章)。
こんなのを読むと、朱子に興味が湧いてきませんか。それは少しだけ、現代と、朱子の時代の社会に似ている部分があるから、なのですが、似ているのは少しだけなので、大根のように咬んでいるとやがて甘味ではなく反発を感じてきてしまいます。
朱子を読むかどうかは偶然でしかありませんが、人はみな何かをホンモノだと思って齧り続けながら、年老いていくものなのでございましょう・・・。
ちなみに周知のとおり、この「菜根を咬み得れば、百事做すべし」が明・洪自誠の「菜根譚」の書名になっております。