令人掩鼻(人をして鼻を掩わしむ)(「籜廊琑記」)
歴史的なエピソードとか名言とか追いかけていると人間が小さくなってしまいます。時には、↓こういう話が心身にいいと思いますよ。わしは好きだなあ。にやにや。

ようかい愛護デーか?
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清の終わりに近いころ、河南・開封城の城門には、紅姑娘という狐女が住んでいるといわれていた。
端麗明慧、好着紅色衣、故人以紅姑娘呼之。
端麗明慧にして、好んで紅色の衣を着る、故に人「紅姑娘」を以てこれを呼ぶ。
きちんとしていて美人で明るくて知恵が回る。よく赤い色の服を着ているというので、ひとびとは「紅姑娘」と呼んでいた。
この姑娘といいますか、狐女、門番の老兵と仲が良くて、その宿直の日にはよく城門に遊びに来るのであった。
有少年健児聞其事、謂翁曰、渠為翁女、我願為翁婿、事翁当如子。
少年健児のその事を聞く有りて、翁に謂いて曰く、「渠、翁の女為たり、我願わくば翁の婿と為りて、翁に事うることまさに子の如くすべし」と。
若い兵士がこのことを聴き、老兵のところに来て言った。
「へへへ、その女はじいさんの娘なんだろう。なあ、おれをじいさんの婿にしてくれよ。本当の子どものようにじいさんの世話をしてやるぜ」
老兵がそのことを狐女に話すと、
女怒曰、斫頭児、乃敢肆狂言、穢爾姑娘耶。
女怒りて曰く、「斫頭児(きんとうじ)、あえて狂言をほしいままにし、爾の姑娘を穢さんや」と。
姑娘はどえらい怒って言った、
「いずれどこかで首を取られるくそガキが、おかしなことを勝手に話して、あんたのむすめを汚そうとしているんだよ!」
「す、すまん」
しかし、その後、兵士は毎晩のように老兵の宿直室に来て、狐女を物色し、時に声をかけたり馴れ馴れしげに近寄ったりするのであった。
一夕、卒未帰、健児潜伏翁榻。
一夕、卒いまだ帰らざるに、健児翁の榻に潜伏す。
ある晩、老兵が来ないうちに、兵士は老兵の宿直ベッドに横になって隠れていた。
狐女が「じいさん、今日は宿直なのかえ」とやってきたところで、兵士は飛び起きて、
為所捉、酷不放手、強与狎。
その捉うるところと為り、酷(きわ)めて手を放さず、ともに狎るるを強う。
あわれ姑娘はその捕らえるところとなった。強くとらえて離さず、エッチなことを強制しようとするのであった。
すると
女哀曰、已入爾手、尚何能逃。但此翁衾也。何可与爾共綢繆。請与同至奴寝、作長夜之歓、何如。
女哀しみて曰く、「已に爾の手に入る、なお何ぞよく逃れんや。ただこれ翁の衾なり。何ぞ爾とともに綢繆(ちゅうびゅう)すべけんや。請う、ともに同じく奴の寝に至り、長夜の歓を作すは何如ぞや」と。
女は憐れみを乞うように言った、
「もうおまえさんの手に入ってしまったんだから、どうして逃げることがありますかいな。ただ、このベッドはあのじじいの寝床ですわ。こんなところでおまえさんとイチャイチャするわけにはいきません。どうか、一緒にわらわの寝床に行って、そこで一晩中楽しい時間を過ごそうではないかいな」
「そ、そうかい」
健児信之。引至一小室。
健児これを信ず。引きて一小室に至れり。
兵士は女のいうことを信用した。女は兵士を引っ張って、小さな部屋に連れ込んだ。
そこは、
蜃窗繍闥、蘭蕙盈階、花香溢入榻際、羅帷錦被、生平未睹。
蜃窗に繍闥、蘭蕙階に盈ち、花香榻際に溢入して、羅帷錦被、生平のいまだ睹ざるところなり。
ぼんやりと外の見えない窓、縫いとりをした戸口、蘭や蕙草といった香草が登り口までいっぱいに繁り、花の香りはベッドの側まで溢れ入って、ベッドには薄絹のカーテン、錦の掛布団・・・生まれてから見たこともないようなものばかりである。
―――城門の一画にこんな部屋があるはずないではないか。
というような分別はもう働かなかった。
是時、健児早沈酔郷、力不可支、甫臨榻、玉山遽頽。
この時、健児つとに酔郷に沈み、力支えるべからず、甫(はじ)めて榻に臨むに、玉山遽(にわ)かに頽(くず)る。
この時にはもう兵士は意識が混濁しはじめ、体を支えていることができなくなって、やっとベッドのところまでたどりつくと、もう倒れるように眠ってしまった。
「世説新語」容止第十四にいう、晋の嵆康は
身長七尺八寸、風姿特秀。
身の長七尺八寸、風姿特秀せり。
身長は188センチあり、その姿・風情はずば抜けてかっこよかった。
友人の山濤が評していう、
叔夜之為人也、巌巌若孤松之独立。其酔也、傀俄若玉山之将崩。
叔夜(しゅくや。嵆康の字です)の人と為りや、巌巌として孤松の独立するがごとし。その酔うや、傀俄(かいが)として玉山のまさに崩れんとするがごとかりき。
「傀俄」(かいが)は大きなものが崩壊する様子のオノマトペ。「ぐらぐら」「がたがた」です。
嵆叔夜の人格というのは、厳格で、一本松がすっくと立っているようなやつだったな。そいつが酔うと、まるで玉でできた山ががらがらと崩れ落ちるかのようにふらふらしたもんだ。
この故事から、酔っぱらって倒れてしまうことを「玉山が頽(崩)れる」といいます。
―――さて。
比凌晨、有登厠者、聞齁声四起、見一人横臥屙側。糞溺不弁顔面、尚呶呶作狎語。某以足蹋醒之。
凌晨の比(ころ)、登厠者有り、齁声の四起するを聞き、見るに一人、屙(あ)の側に横臥す。糞溺顔面を弁ぜざるに、なお呶呶(どど)と狎語を作せり。某、足を以て蹋みてこれを醒ます。
夜が明けた頃、トイレに入ってきた者がいた(おそらく彼が今日の宿直当番だったのだろう)。いびきの声が響き渡っているのが聞こえたので、不審に思って探してみると、糞便を流す溝の中に寝転んでいるやつがいたのだ。大便と小便で顔もわからなくなっているのだが、それでも口をあけては「なあ、なあ」と女に語り掛けているようなのである。
登番兵は、足でそいつを蹴飛ばして起こしてやった。
「あわわ、こ、ここは?」
昨日所見蘭蕙錦繍、皆溷物也。
昨日見るところの蘭蕙錦繍、みな溷物なり。
昨日見たはずの蘭や蕙草、錦や刺繍のあるカーテン・・・それらはみんな汚物だったのだ!
それだけでは済まなかったんです。
自是得口臭疾、日逐市廛。雖相去数十百歩外、令人掩鼻、輒不可近。
これより口臭の疾を得、日に市廛を逐わる。相去ること数十百歩の外といえども、人をして鼻を掩わしめ、すなわち近づくべからざるなり。
これ以降、兵士は口臭の病気になってしまい、毎日、市場や店舗から追いだされるようになったのである。数十歩、さらに数百歩離れていても、誰もが鼻を覆ってしまうような強烈な臭いで、近づくことができなくなってしまったのだ。
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清・王守毅「籜廊琑記」巻六より。スカッとしましたか? 荒唐無稽で、ストレス解消になったのでは? みなさんも口の病気に気をつけ・・・今日は目の愛護でした。口は関係ありませんね。まあ、いろんなことに気をつけてください。みなさんを見て、遠くから道徳的に鼻を蔽っている人もいる・・・かも知れませんよ。
今日は会社に偉い人を呼んでお話を聴きました。わしら老兵ではなく、若い人のためになるといいのですが。