1月28日 これは説明が難しいですよ

唯不可俗(ただ俗なるべからず)(「山谷題跋」)

そのときになればわかる、というのである。様子を見るしかあるまい。

ニワトリが先かヒヨコが先かもわかるでコケ

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晋の嵆康は

平生濁酒一盃、弾琴一曲、志意畢矣。

と嘯いたという(「晋書」本伝)。

今は宋の時代だが、わし(山谷先生・黄庭堅)が思うに、

嵆叔夜豪壮清麗、無一点塵俗気。

想見其人、雖于沈世故者、暫而攬其余芳、便可撲去面上三斗俗塵矣。

あくまで譬喩ですよ。

故書以付榎、可与諸郎皆誦取、時時諷詠、以洗心忘倦。

・・・残念ながら、山谷先生が気に入った詩が何であったかは今となってはもうわかりません。

わしは以前、弟子や一族の若い者たちにこう言ったものである。

士生于世、可以百為、唯不可俗、俗便不可医。

「士」はいろんな含みのあるコトバですが、とりあえず「読書人」と訳しておきますね。

一人、こんなことを訊いてきた。

不俗之状、如何。

わしは答えた。

難言也。視其平居、無以異于俗人。

「そう来ましたか」

臨大節而不可奪、此不俗人也。

「そうですか」

士之処世、或出或処、或剛或柔、未易以一節尽其薀、然率以是観之。

「なるほど」

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宋・黄庭堅「山谷題跋」補篇より。俗であってはいかん、のはよくわかりました。よし、わたしも俗で無く生きるぞ。しかし俗であるかないかはよくわからないみたいなんです。したがって、わたしもよくわからない感じで生きますが、俗ではないんだと思います。

ちなみに、曾子(孔子の高弟・曾参)のコトバというのは、「論語」泰伯篇に出てきます。

曾子曰、可以託六尺之孤、可以寄百里之命、臨大節而不可奪也。君子人与。君子人也。

あまりにもかっこいい言葉なので、大きく分けて二つの説があります。なお、古代の一尺は大体20センチ、一里は約400メートル。

科挙試験も無いので、好きな方を選んでくださいネ。(科挙試験を受ける人は(い)の朱子の説を選んでおくのが安全。)

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