曝日斃蝨(日に曝して蝨(しつ)を斃(ころ)す)(「昨非集」)
日向ぼっこでもしてた方がよかったかも。

おれはダニ。シラミではないんダニ。
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ある人がおりました。その両隣には、東叟(東側の老人)と西叟(西側の老人)がおりまして、
皆藝圃。
みな圃に藝す。
どちらも、畑で耕作していた。
あるとき、
隣竊其蔬。
隣その蔬を竊む。
真ん中の人が、両隣から野菜を盗んだ。
その後、この人は、まず東隣の東叟に自白して、許しを請うた。
東叟は言った、
何害。吾已早備子所取之分数矣。
何ぞ害せん。吾すでに早く子の取るところの分数に備えたり。
「何も問題はないぞ。わしは以前からおまえさんの盗む分も勘定に入れて耕作しておったからな」
次に、西叟のところに行った。
西叟怒而縶之。
西叟怒りてこれを縶(とら)う。
西叟は怒って、隣人を縛り上げた。
隣人が助けを求めても応ぜず、
方自曝日而斃蝨也。
まさに自ら日に曝して蝨を斃せり。
日光の射すところに寝転がって、シラミ取りをしていた。
東叟が隣人の声に気づいて西叟のところに行き、
蝨之齧子也、幾何。
蝨の子を齧るや、幾何ぞ。
「シラミ取りをしておるのか。シラミはおまえさんをどれぐらい咬んだのかな?」
と訊いた。
微矣。
微なり。
「大したことはない。ほんの少し、じゃ」
ワインに対する日本酒の生産量ぐらい微かなもの、だったのでしょう。
今有百年以上之人之蝨乎。
今有るは、百年以上の人の蝨か。
「ところで、今おまえさんを咬んでいるのは、百歳以上のひとについていたシラミか」
無有矣。
有る無し。
「そんなシラミはいないよ」
有千万年以上之人之蝨乎。
千万年以上の人の蝨有りや。
「千万年歳以上のひとについていたシラミはいるのかなあ」
愈不聞也。
いよいよ聞かざるなり。
「そんなシラミ、もっとありえないな」
何以不聞。
何を以て聞かざる。
「何でありえないのかな」
西叟は呆れたように答えた。
其人且死、蝨於何有。
その人まさに死ねば、シラミ何か有らん。
「その人が死んだら、シラミはどこにいられるだろうか。
何百年も何千年も生きている人はいないのだから、その人より長生きしたシラミなんているはずないじゃろう」
すると、
東叟乃前而為西叟寿、西叟惘然。
東叟すなわち前(すす)みて西叟のために寿(ことぶ)き、西叟惘然たり。
東叟は進み出て、西叟のために「長生きおめでとうございます」と祝ったので、西叟は何のことかわからず呆然としていた。
東叟は言った、
惟子尚有此身、故蝨得而齧之。齧之微、不足以損其得之多也。使子非存此身以藝此圃、隣悪得而竊之。吾是以為子寿也。
子のなおこの身を有せる故に、蝨の得てこれを齧るのみ。これを齧ること微なれば、以てその得るの多きを損なうに足らざらん。子をしてこの身を存して以てこの圃に藝するに非ざらしめば、隣いずくんぞ得てこれを竊まんや。吾、是を以て子のために寿するなり。
「おまえさんが今も生きておるので、シラミはおまえさんを咬むことができるんじゃ。シラミが咬んでも、おまえさんの命が生み出しているものに比べれば大した損害を与えることはない。おまえさんが生きて、この畑で耕作していなければ、お隣もどうして野菜を盗むことがあっただろうか。そこで、おまえさんが野菜を盗まれたというので、おまえさんにお祝いを述べにまいった次第じゃ」
西叟は苦笑して、隣人を釈放してやったということである。
さて、あるひとが寤崖子(崖っぷちで目覚めた先生)に質問した。
東叟視西叟愈乎。
東叟の西叟を視るに、愈(まさ)れるか。
「東叟の方が、西叟に比べると、すぐれておられますかね」
先生は答えた、
似愈。
愈れるに似たり。
「すぐれているのではないかなあ」
庶幾其君子乎。
それ、君子に庶幾(ちか)からんか。
「だとすると、立派な人と言えそうですかね」
未也。夫君子於此、乃当化其隣、而無身之見存也。
いまだしなり。それ、君子のここにおけるや、すなわちまさにその隣を化して、身の存せらるること無からしむべし。
「ダメだな。まあ、わしならこの場合、まずは隣人のやつを教え諭して、自分が許されることが普通ではないのだ、とわからせてやったのだが」
以上。
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清・劉煕載「昨非録」巻一より。寤崖子こと融齋先生・劉煕載は清末の江蘇・興化の人、嘉慶十八年(1813)の生まれ、道光二十四年(1844)に進士となり、成績がよかったようで翰林院勤めになっていますが、その後は地方官をいくつかして引退した。
これまでに「昨非録」からご紹介した話もそうなんですが、相変わらず何かずれてるんですよね。上の比喩なら、西叟は「だから、シラミと同じように潰してしまうのじゃ、ぶちゅっとな。はははは」と答えるような気がします。