1月26日 今日は出勤したが職場のダニのようだ

曝日斃蝨(日に曝して蝨(しつ)を斃(ころ)す)(「昨非集」)

日向ぼっこでもしてた方がよかったかも。

おれはダニ。シラミではないんダニ。

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ある人がおりました。その両隣には、東叟(東側の老人)と西叟(西側の老人)がおりまして、

皆藝圃。

あるとき、

隣竊其蔬。

その後、この人は、まず東隣の東叟に自白して、許しを請うた。

東叟は言った、

何害。吾已早備子所取之分数矣。

次に、西叟のところに行った。

西叟怒而縶之。

隣人が助けを求めても応ぜず、

方自曝日而斃蝨也。

東叟が隣人の声に気づいて西叟のところに行き、

蝨之齧子也、幾何。

と訊いた。

微矣。

ワインに対する日本酒の生産量ぐらい微かなもの、だったのでしょう。

今有百年以上之人之蝨乎。

無有矣。

有千万年以上之人之蝨乎。

愈不聞也。

何以不聞。

西叟は呆れたように答えた。

其人且死、蝨於何有。

何百年も何千年も生きている人はいないのだから、その人より長生きしたシラミなんているはずないじゃろう」

すると、

東叟乃前而為西叟寿、西叟惘然。

東叟は言った、

惟子尚有此身、故蝨得而齧之。齧之微、不足以損其得之多也。使子非存此身以藝此圃、隣悪得而竊之。吾是以為子寿也。

西叟は苦笑して、隣人を釈放してやったということである。

さて、あるひとが寤崖子(崖っぷちで目覚めた先生)に質問した。

東叟視西叟愈乎。

先生は答えた、

似愈。

庶幾其君子乎。

未也。夫君子於此、乃当化其隣、而無身之見存也。

以上。

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清・劉煕載「昨非録」巻一より。寤崖子こと融齋先生・劉煕載は清末の江蘇・興化の人、嘉慶十八年(1813)の生まれ、道光二十四年(1844)に進士となり、成績がよかったようで翰林院勤めになっていますが、その後は地方官をいくつかして引退した。

これまでに「昨非録」からご紹介した話もそうなんですが、相変わらず何かずれてるんですよね。上の比喩なら、西叟は「だから、シラミと同じように潰してしまうのじゃ、ぶちゅっとな。はははは」と答えるような気がします。

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