1月13日 年末年始で体重増え、ヤバイ

代大匠斲(大匠に代わりて斲る)(「老子」)

「大名人の大工さん」とは、「運命」であろうか「体重増」であろうか。誰もが確実に間もなく斲られるのですが。

おれが刈ってやるでキリー。

・・・・・・・・・・・・・・・

北宋の名儒・張横渠先生が言う(「近思録」106則)に、

既学而先有以功業為意者、於学便相害。

「相害す」の「相」は「お互いに」という意味ではなく、「相手(この場合は「学」)のある行為」を意味する補助動詞です。

既有意、必穿鑿創意作起事端也。

したがって、そんなことは止めて、目の前のことを一つ一つ解決していきましょう。

徳未成而先以功業為事、是代大匠斲、希不傷手也。

なるほど。これは危険ですね。新しい職場に異動したばかりの人は、しばらくはひとのやることを見様見真似で勉強するしかありません。

ところで、この

代大匠斲、希不傷手(大匠に代わりて斲るは、手を傷つけざること希なり)

という上手い譬喩は、「老子」に出てきます。張横渠先生の引用では「まず勉強してから行動しよう」という程度の意味ですが、「老子」の考えはもっと恐ろしいのです。いきなり、

民不畏死、奈何以死懼之。若使民常畏而為奇者、吾得執而殺之。孰敢。

複雑な言い方をしていますが、殺せても殺さない、と言うのです。

それは、儒教や仏教のような倫理感や宗教的理由のためではありません。

常有司殺者殺。夫代司殺者殺、是謂代大匠斲。

夫代大匠斲者、希有不傷手乎。

・・・・・・・・・・・・・・

「老子」第七十四章。難しい一章ですが、「老子」の思想の不気味さがご理解いただけますでしょうか。おそろしい支配者の思想(「黄老の学」)であることがわかります。

なお、この「殺すを司る者(死刑執行人)」を諸注は「天」と解しています。われわれの語感だと「運命」とか「時間」でしょうか。「死神」でもいいかな。そう解釈すると「老子」の思想は無為自然(「老荘思想」)だなあ、という気がしてきますよね。よし、体重増も無為自然に任せることにしようっと。

ホームへ
日録目次へ