1月11日 ぞろ目の日はヤバイかもわんわんわん

夷酋宝蓄(夷酋宝蓄す)(「水東日記」)

「11日」は災害の特異日なんだそうで警戒が必要です。緊張が続きますが、そういう時にはこういう↓どうでもいい話がいいですね。

危険は太鼓をたたいて報せるなどするでクマー。

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今は明の時代、十六世紀の中ごろです。

広東の南海県に行きますと、

神廟中、銅鼓二、黄寇毀其一。

そのため、

今存者一、面円不甚厚、辺突起状蟾蜍者六、辺地仍出口外寸許、以次層細如腰束。

そして、

然下腹大与面等、面与四囲皆細波紋。

中心高起寸許、蓋控撃処也。

いま図鑑などで見る銅鼓とほとんど同じである。

あるひとが言うに、

二広銅鼓皆馬伏波時作。

と。

南海天妃廟旧亦有之。広西蛮夷土官最多。

一方、

若雲南、貴州、則武侯作。

三世紀、諸葛孔明はこれを蛮人どもに与え、支配の道具としたのである。

今夷酋宝蓄之以集衆云。

現役の行政財産なのだ。

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明・葉盛「水東日記」巻十六より。勉強になりますね。え、ならない? みなさんが勉強しないでいると、会社の会議で隣のやつが、「廣東・廣西の銅鼓は伏波将軍が作ったはずですぞ」などと言って、えらい人から「なかなか詳しいな」とバッテキされる、かも知れないんですよ。せめて「雲貴のは諸葛孔明ですね」と横やりを入れて、同僚のバッテキだけは阻止せねば・・・などと思わないんですか?

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