観タマ記 令和5年5月23日

令和5年5月23日(火)1801(1905)~2121明治神宮野球場
セントラルリーグ 東京ヤクルトスワローズ対阪神タイガース
阪珍 003 000 300   6
東京 000 002 001   3

主審 梅木  一塁 笠原  二塁 福家  三塁 原

阪神・村上を一度見たいと思っていましたら見れました。スワロの打者たちが早いカウントでぽこぽこポップフライを打ち上げさせられているようなので、どういう球種なのかわかりませんが相当打ちづらいんでしょうね。六回、100球近くなったところで山田哲に左越ホームランを食らったもののそこまではほんとにすばらしかった。
半珍はノイジーが3回2点タイムリー、7回にはエスピナルとかいうやつから3ランで5打点。こいつも当たりだし、現役ドラフトで大竹、ルーキーで村上と森下とか、補強大成功でごっつうええチームになってはるで。

到着時は雨はあがっていたのですが、とにかく寒かった。寒いと思って厚着してはいったが、マフラーや手袋が要る寒さだ。だいたい今日は朝から雨で、千葉マリンは早々に中止にしていたが、スワロはカネのために強行してくることは予想していたのだが本当にやるとは。

震えながら貧しいメシを食います。昼と間食が豊かだったので仕方ない。それにしてもお客さん少ない。阪珍どもはさすがに来ているが。

つばくろう空中くるりんぱ、頭には載りませんでしたがしっぽに引っかかるハプニング、あるいは大成功!

寒いだけでなく九回裏になったら雨が急に強くなってきた。最悪である。しかも、九回裏に1点取られて二死一三塁でケラーから岩崎に交替させてきたので激しいブーイング。さらに2ボールから岩崎がマウンドに土を入れろと主張し、土が入れられました。寒いし雨は激しく、スワロファンからも「同点になったらどうするんだ!」という心無い野次が。

2ボールから三ツ俣が三球で三振して見事に試合を終了させ、スワロファンもおお喜びで帰る。このころ指が震えてスコアシートが書けなくなってきて、いよいよかと思われた。

帰ってきてPCの前で居眠りしたら指のしびれは無くなりました。寒かった。カネのためとはいえ、こんな天候で野球するとは。すごい。
神宮球場にも阪神戦になったら?「選手や球団を傷つける野次や悪質な替え歌は止めましょう」という掲示が出るようになりました。珍ファンを弁護する気もありませんが、突然振りかざした「良識」によって「言葉」を無理やり封じると何が起こるかと憂うるばかりです。コミッショナーの指示により、とは出ていないので、「各球団が勝手にやっている」ことなのでしょう。あ、そうだ、日本球界にはコミッショナーいないんでした。珍たちは今日も「くたばれ〇うり、くたばれ〇うり」を繰り返していた。相変わらず声でかい。半珍ファンの肩など持つ気はありませんが、コミッショナーよ、ほんとにこの世にいるのなら、ここに来て寒さに震えながら彼らの声も聞いてみたら?

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