令和6年2月調査報告(猿島・八千代)

2月4日(日)・・・立春だ。定期的に行きたくなってくる将門さま関係遺跡探しに出かける。

〇坂東ミュージアム ・・・ 元は猿島町の郷土資料館だったんでしょうか、小規模ながら地域のことがよくまとまっています。土偶、干拓、猿島茶、昭和44年竜巻災害、出身の芸術家など。中でも将門さまについては郷土の誇りみたいなことが書いてありました。

左下の方の土偶が気になりますね。なりませんか。

左側のパネルは猿島茶を世界に売りだすのに功績のあった人たち。右のおにいさんは猿島茶を揉んでいる。深夜に動いているかも知れません。

ここで弁当を使います。しかしなんで弁当は食べずに「使う」んでしょうか。うーん。

〇駒寄城 ・・・ 北条氏の逆井城の支城らしい。掘割はきれいに遺っています。

この川を渡るのに橋がなくて苦労しましたが、主郭の上は畑になっています。ちなみにこの川は近世のもので、中世はこのあたり一帯が湿地であった。

〇北矢尻古墳 ・・・ 後期の円墳とのこと。このあたりに十五ぐらいあったが、現存は二つだそうです。

この柵?の切れ目から入って見学できます。夜はコワいと思いますよ。

〇矢尻館跡 ・・・ いつごろのどういう人の館かよくわかりません。

〇秋葉山古墳 ・・・ 台地の先にあり、おそらくかつては湖沼であった部分に突き出した前方後円墳。かなりでかい。明治期に発掘されて、直刀など出たみたいですが今は遺失。人骨だけ別に塚を作って祀られていました。

前方部から後円部方面を望む。左側に水田が開けているのが見えると思います。この一帯が当時は湿地だったのだそうです。

〇尾高南製鉄遺跡 ・・・ このあたり縄文時代以来の住居が出ているそうですが、平安時代の製鉄遺跡として復原模型が展示されています。

柵が開けられます。

将門さまの兵馬訓練伝説地を通って、

〇長塚節生家 ・・・ 庭まで入れます。ほんとは14時までらしいんですが、案内所の人がまだいたので入れてもらいました。無料。

長塚は九州で死んだんですよ。

〇無名石棺 ・・・ 桑原神社(式内。既訪)の石段作っていたら地下から出てきたものだそうです。村の人がここに移して保存。

遺品等まったく無し、とのこと。

将門さま関係はここから。

〇下総国亭跡 ・・・ 「亭」は「庁」です。将門さまの本拠の一つ。

矢印のところは筑波山。将門さまも見ておられたのであろう。

〇六所塚 ・・・ 将門さまの一族の古墳との伝承があるそうですが、もっと昔の古墳群。鬼怒川沿いにあります。

全体像は去年だか一昨年だかに一度来ているので、そのときにアップしたはず(もう散逸した前肝冷斎時代か)。

〇平将門一門墳墓地 ・・・ ここに将門さまのおやじ(良将さま)や兄貴(将弘さま)などの墳墓があったとされ、将門さまの御遺体もここに葬られたともいう。

川端のすごい場所にあります。夜中に行ってはいけません。

将門さま関係はまだ行き尽くすことができていません。どこもそれなりの神威のようなものがあり、小さなことですが、失敗めいたことが起こるので、人の精神派などに何らかの影響を与える力が今でもお遺りなのかも。それにしてもなんで将門さまはこんなに畏れ、かつ愛されているのだろうか。

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