令和5年12月調査報告(加須古墳)

12月29日(金) 加須市の南の方、樋遣川流域の古墳をいくつか訪問。

〇鶴が塚古墳 ・・・ 方墳に見えますが円墳だろうとのことです。

削平された墳墓上に鶴が塚神社が祀られています。

神社向かいの石造物群。屋根のついているのが「十九夜塚」。十九日に農家の主婦らが集まって講を開いていたそうです。

〇御諸塚古墳 ・・・ 下野国造・三室の君の陵墓ともいわれます。墳上には御室神社が祀られる。

七世紀創建という三室神社です。

社殿はよく遺った円墳上にあります。

域内にはこのようなものが。右端は近代のものと思われます。


周辺に樋遣川古墳群があった(近世には七ツ塚といわれた)そうで、現在もあと二つ残っている、ということでしたが確認できませんでした。

〇加須稲荷塚古墳 ・・・ 近くまで来た記憶があるのですが、初訪問だと思います。

これも円墳です。古墳群が周囲にあるようですが判然しません。

近くの道の駅にあった加須出身、東京芸大音楽学部長、音楽教育家の下総皖一(1898~1962)像。右下にあるのは彼の作曲になる「たなばたさま」の楽譜碑です。ボタンを押すと鳴る仕組みだったようですが、ボタンが無くなっていました。
帰ってきて調べたら「花火」や「ほたる」も彼の作曲という。これは大した人です。

ということで、今年はおしまい。

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